厳格な雰囲気のある大相撲でも「僕」が増えている

野球に限らず、近年のスポーツ界では男性の自称詞として〈僕〉が一般化している。

2022年に中国・北京で開かれた冬季五輪でも、フィギュアスケートの羽生結弦、鍵山優馬、宇野昌磨の各選手や、スキージャンプ・ノーマルヒルで金メダルを獲得した小林陵侑選手、スノーボードの平野歩夢選手など、注目選手はこぞって〈僕〉を使っていた。巨漢たちが裸でぶつかり合い、かつては〈ワシ〉で話す人も多かった大相撲でも、最近は〈僕〉を使う力士が多くなっている。

共に大関を経験した御嶽海みたけうみ久司ひさしさん、正代しょうだい直也なおやさんなどが筆頭だ。御嶽海関は明るい笑顔がトレードマークだ。「近寄りがたい大関が本当は目標ですけど、僕の性格上、みんな話しかけてくれるので(*7)」。

フィリピン出身の母マルガリータさんは「玄関の掃除も、掃除機がけもしてくれる。宿題が終わると、『僕、何すればいい?』と必ず聞くんです」とすすんでお手伝いをした少年時代を振り返っている(*8)。正代関は十両昇進の記者会見で「できればみんなと当たり(対戦し)たくない」と発言、「ネガティブ力士」の異名をとった(*9)

他部屋との合同稽古で「僕はみんなとワイワイしたい」と話すなど(*10)、闘志を露わにしない柔和な雰囲気は、これまでの力士のイメージを打ち破っている。

相撲界ではかつては暴力的なしごきがはびこり、死者も出て問題化した。しかし、御嶽海さんや正代さんの存在は、そんな空気が今、大きく変わりつつあることを示しているようにも感じられる。〈僕〉という自称詞の柔らかい雰囲気が、その変化を演出している。

(*7)朝日新聞2022年1月27日付
(*8)『婦人公論』2018年9月11日号
(*9)東京新聞2020年10月1日付
(*10)スポーツ報知2020年10月16日付

不良のイメージがあるEXILEは「俺」を使わない

黒っぽい衣装にサングラス、ひげ、スキンヘッド……。テレビで活躍するダンス&ボーカルグループEXILEのメンバーは、こわもての印象がある。

しかし、メンバーが口を開くと――「当時、僕、メイクとかしなくて坊主だったから(ATSUSHIさん)(*11)」「今の時代に何か少しでも僕たちの存在が、微力ながらでも何か力になれるような活動をしていきたい(AKIRAさん)(*12)」「僕が思うEXILEってやっぱりこう、こう言っちゃなんですけどちょっと不良というか(TAKAHIROさん)(*13)」。

EXILEのメンバーの使う自称詞は圧倒的に〈僕〉が多い。対談などでたまに〈俺(おれ)〉になることはあるものの、ルールがあるのかと思うほど〈僕〉で統一されている。また、デビュー曲「Your eyes only〜曖昧なぼくの輪郭かたち〜」や「僕へ」など曲名や歌詞にも〈僕〉が多く使われており、一方〈俺〉を使った曲名や歌詞はないようだ。

EXILE、2020年1月の台湾公演にて
EXILE、2020年1月の台湾公演にて(写真=PlayIN/CC-BY-3.0/Wikimedia Commons

EXILEのような「こわもて」イメージの音楽グループはこれまでにもいくつかあった――宇崎竜童さん率いるダウン・タウン・ブギウギ・バンド、矢沢永吉さんらのキャロル、横浜銀蝿など――が、メンバーは〈俺〉で話していた印象が強い。それを考えるとEXILEのメンバーの〈僕〉使いは意外な感じもする。そこにはEXILE創始者のHIROさんの考えがあるようだ。

(*11)【悪い顔選手権】激おこ⁈ATSUSHIがMATSUに物申す‼ 
(*12)EXILE加入時の貴重映像も満載!】EXILEAKIRAが語る、EXILE魂の原点(23分10秒)
(*13)【Bar ATSUSHI】EXILETAKAHIROご来店!前編(3分47秒)