実態がない沼は底なし

シェアハウスにいるキャバ嬢の同居人から、夜の仕事をすすめられた。「容姿もイマイチだし、風俗は怖いと言うと、『キャバと風俗だけが夜の仕事じゃないよ』と笑われて、ある繁華街のアフターの店を紹介されたんです。今はそこで働いています」

アフターの店とは、営業が終わったキャバ嬢やホスト、店のスタッフたちが飲食しにくる店だ。美奈絵さんはこの店で深夜0時から朝8時まで働いている。週5出勤で、給料は手取りで20万円もない。

沢木文『沼にはまる人々』(ポプラ新書)

「オーナーが昼の世界の人なので、一応契約社員扱いになっていて、厚生年金と医療保険にも入れていただいています。最初は失敗だらけでしたが、ここで働けなかったら後がないと、だいぶ慣れました。

店も1回目の緊急事態宣言のときこそ休業しましたが、それ以降はずっと営業している。でも『この仕事をずっと続けるのかな』と思うと、不安で眠れなくなることはあります。そんなときには薬に手が伸びます」

しかし、お酒と一緒に飲まないようにはしているという。

「今度やったら本当に親に連れ戻されて、親の知っている『きちんとした人』と結婚させられてしまう」

美奈絵さんと話していて感じたのは、そこまで東京にしがみつく理由がないことだ。何かの仕事をしたいとか、才能を試したいという、確固たる軸がない。

沼は沼でも実態がない沼は底なしだ。原因がわからないことは、人間にとって恐怖だ。恐怖と戦い続けることではまってしまう沼もあるのだ。

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