「海水が血液の代わりになる」という驚愕のデマ

もっと驚くことに、生理食塩水どころか海水が血液の代わりになるという主張すらあります。「ルネ・カントン」という人物が「犬の血液を、希釈した海水に入れ替える実験をした」という逸話に基づいていますが、あるのは逸話だけで詳細な情報は不明です。生理食塩水と違って海水はさまざまな不純物が混じっていますので、静脈内に入れると大変危険ですが、「母なる海」というイメージもあって一部の人たちに信じられているようです。

循環する血液量が減っても、生理食塩水なり希釈した海水なりを輸液すれば血圧は保たれますので、カントンの犬の実験自体は行われたのかもしれません。輸血も輸液もしないよりは、海水を輸液するほうがマシではあるでしょう。血液を一度に全部生理食塩水に入れ替えてしまえば、赤血球も血小板も凝固因子もなくなりますので犬は死にますが、少しずつ入れ替えれば希釈されるだけですので、ある程度は耐えられます。が、一定を超えれば死にます。

海水や生理食塩水が輸血の代替になることを証明するためには、たとえば、血液を抜いた実験動物に対し、海水や生理食塩水を輸液する群と輸血する群とを比較して、輸液群が輸血群と少なくとも同等の成績であることを示す必要があります。もしそのような実験に成功すれば医学の進歩に大きく貢献しますので、ぜひとも論文として発表していただきたいものですが、決してあり得ません。

「血液特権」があるという説は荒唐無稽すぎる

こうしてあの手この手で輸血を否定しようとする人たちは「日本赤十字の血液特権」――つまり利権によって必要も効果もない輸血が行われていると主張しますが、輸血や血液製剤は日本だけではなく世界中で使われています。ということは、血液利権について世界規模の陰謀があるという妄想に取りつかれているのでしょう。しかし、そんなものは存在しません。

日本において献血は無報酬で、ただで得た血液を高値で売っているように見えることが利権の存在を疑わせる一因となっているようです。しかし、各地に献血ルームを設けたり、献血バスを出したりして血液を集め、その血液中にウイルスがいないかを検査し、適切な方法で保存・管理し、間違いがないよう患者さんに届けるには大変なコストがかかります。

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こうして作られる輸血や血液製剤は工業製品ではないので、献血をする人がいないと作れませんし、すぐには増産ができず、数には限りがあります。だから、むやみに使用できるわけではありませんし、輸血はできる限り減らす努力が行われています。厚生労働省は、血液の適正な使用のための指針を設けていて、輸血は科学的根拠に基づいて必要なときに限って行われているのです(※3)

※3 厚生労働省「血液製剤の使用指針