「わざとぶつからないでよ」と抗議した

私は一度だけ「ぶつかり男」に抗議したことがありました。

10年くらい前、新宿駅の丸ノ内線の改札付近のことです。1人で歩いていたらダーン! と後ろからぶつかられ、例のごとく「無」で進んでいくその人を見ると、ちょうど改札に入ろうとしていました。突然の衝撃で上半身が痛かったし、そのぶつかりの重みに悪意を感じたし、今まで何人もぶつかられてそのまま何も言えなかったこともあいまって、思わず私は「わざとぶつからないでよ!」と後ろから言いました。

あえて「わざと」という言葉を入れたのを覚えています。わざと、としか思えないぶつかり方だったからです。改札という壁がなかったら恐ろしすぎて絶対に言えなかったけど、壁があることにより「もし相手が『わざとではない』と釈明してきたり、『お前が邪魔だからだ』と反論されたりしたら、相手の意見もちゃんと聞くぞ」と瞬間的に覚悟を決めることができました(直接の抗議は本当に危険だと思うのでオススメはしません)。

身長170㎝くらいのその男性は、一目で高級と分かるスーツに、腕には豪華な腕時計と装飾品をたくさんつけた、40代と思しきゴージャスな人でした。全身から「お金持ち」があふれているその男性は改札内から私を見るなり、声を張り上げて怒鳴ってきました。

雑踏だったので「Kじjfあ‼ ろひb0えr0!!!!」って感じで何を言ってるかは聞き取れないけど、私からの刺激によって瞬間的に彼の中で何か爆竹のようなものが破裂したことだけは伝わってきました。

「ぶつからないでよ」「あ?! なんだよ」というやりとりがあってから10、20、って徐々に怒りだすならわかるけど、最初から4000万馬力くらいのフルスロットル。顔は“怒った男梅”みたいに真っ赤になっていました。抗議した私のほうが「あ、この人、相当いろんなものがたまってるんだな」と一瞬で冷静になるほどでした。

何言ってるかわかんないけどものすごい怒ってるし、めちゃくちゃ怖い。新宿駅の丸ノ内線の改札は腰の高さまでの柵で仕切られていて、私が歩き始めると、男性も私に怒鳴りながらついてきました。改札内はたくさんの人が行き交っていて、こちらをチラ見する人もいつつ、みんな忙しそうに歩いています。私は最初の一言以外は何も言ってないのですが、彼はまだまだ「義オアhbはとgは:hg0g0えr!!!!」と怒鳴り続けています。

ぶつかられてから1~2分ほどの出来事でしたが、“怒った男梅”みたいな顔になっている彼は最終的に「ラブストーリーは突然に」のジャケットの小田和正みたいに体を反り、天を仰いで「ア゛ーーーーッ!!!!」と叫んでいました。

イラスト=田房永子

本当に改札越しでよかったと思いながら、「この人の中には日々の不満が蓄積され、ものすごく疲れているんだな」とも感じました。私に何か怒鳴っているけど、私とは関係ない何かへの不満が爆発している。私も今までの「ぶつかり男」へのメッセージをこの人1人へ込めて放ってしまったけど、それ以上の強烈なものが返ってきてしまい、悲しくなりました。