ポンドの対ドルでの最安値は1985年2月26日の1ポンド1.042ドルであるから、このままでは史上最安値を更新することになるかもしれない(図表2)。
なお英国の場合、為替介入の権限は政府(財務省)にあり、その指示を受けたBOEが実務を担う。1970年代中頃には、スタグフレーション(低成長と物価高の併存)の下で経済の基礎的条件が悪化し、ポンド安が進んだ際に為替介入を繰り返したが、外貨不足に陥ったため、国際通貨基金(IMF)に対して金融支援を申し入れた過去もある。
ポンド安を引き起こしたトラス新首相の大型減税
ポンドが急落した理由は、トラス新政権が発表した巨額の財政出動案に対して金融市場が懸念を強めていることにある。9月6日に発足したトラス新政権は、その公約通りの大型経済対策を23日に発表した。その骨子は、主に所得税の最高税率の引き下げや、法人税率の引き上げの凍結といった大型減税を柱とするものである。
加えて新政権は、急増した光熱費の抑制策も実施するが、クワーテング財務相によると、その規模は半年で約600億ポンド(約9兆円)にも上る模様である。同時にクワーテング財務相は、今年度(2023年3月まで)の国債発行額を2341億ポンドと以前から724億ポンド増額するとも発表し、国債市場に動揺を与えることになった。
拡張派のトラス新首相の誕生で投資家は英国の財政が悪化すると予想していたわけだが、実際に発表された経済対策の内容は投資家の想定を上回るものであった。政府が大型経済対策を発表する前日の22日、英中銀(BOE)がインフレ対策としてこれまで購入した国債の売却を決定したこともあり、英国では金利上昇(債券安)とポンド安が進んだ。
さらに米国発の株安の流れも、英国の株式市場を襲った。9月23日の相場で代表的な株価指標であるFTSE100種は3カ月ぶりとなる安値をつけた。英国の金融市場は債券、通貨、株式の3つが安値を付けるという典型的な「トリプル安」となり、トラス新政権の大型経済対策は早速、金融市場で厳しい評価を突きつけられたことになる。
トラス新首相の減税路線の問題点
トラス新首相が減税路線を公約に掲げた背景には、英国が歴史的なインフレに苛まれていることがある。家計と企業の税負担を軽くすることで、インフレで目減りした実質所得をカバーすることが狙いとなる。さらに、高騰する光熱費に対して補助金を与えることで、家計や企業の負担を一段と軽くし、経済を活性化させる意図もあった。
しかしながら、こうした減税や補助金の給付は需要の刺激に他ならない。供給面、特にエネルギー不足を主因とする英国の高インフレだが、すでに需要面でもインフレ圧力が高まっており、高インフレが中長期にわたって続く可能性が高まっている。そのためBOEは利上げを急ピッチで進めているが、トラス新政権の対応はそれに逆行するものだ。
それに経常収支が赤字である英国の場合、政府の赤字拡大は実需面からの通貨安圧力となる。せっかくBOEが金融面から通貨防衛を図っても、この効果が薄れてしまうことになる。事実、大型経済対策を受けて財政悪化への懸念が高まったことで、これまで利上げによって下支えされてきたポンドの相場は、一気に底割れしてしまった。
トラス新首相と与党・保守党の党首選を最後まで争ったスナク前財務相が、あくまで減税に慎重だった理由はここにある。そして、保守党出身の議員の過半は、保守的な財政運営に努めるべきだとしたスナク前財務相を支持していた。その声は一般党員に届かなかったわけだが、恐れていた懸念が顕在化してしまったことになる。