ご飯だけはいっぱい炊いておいた

仕事に追われながら、桧山さんは一人で子育てもしなければならない。幼い頃は保育園に預け、帰りが遅くなっても子どもを見てもらえたが、小学生になると放課後に一人で留守番させるのが心配だった。

撮影=市来朋久

「私は息子に『お友達がうちへ遊びに来てもいいよ』と言って、わが家を開放していました。お友達と一緒に遊んでいれば寂しくないでしょう。子どもは空腹でいると何をするかわからないので、おなかはいつでも満たせるように、ご飯だけはいっぱい炊いておくの。おかずも何かしら用意しておくと、みんなで食べられるもの。私が家に帰ると、お釜に何も残っていないこともあったけれどね(笑)。とにかくご飯だけは欠かさないようにと、絶対に守りましたよ」

桧山さんはポーラで働き始めてから、車の運転免許を取った。当時はまだ自家用車でセールスに行く女性も珍しかったが、一人で自由に動けるのでフットワークはより軽くなった。子どもが学校帰りに塾がある日は仕事の合間に迎えに行く。夜、お客さまの家に商品を届けなければいけないときは、子どもを一緒に乗せていくこともあった。

着付けや日本髪を結う技術がすべて生かされた

当時の仕事ぶりを聞いていると、子育ての両立はやはり体力的にも辛かったのではないかと思う。だが、桧山さんは淡々と振り返る。

「私、田舎育ちだから健康なのね。現場が楽しかったから、辛さも忘れちゃうのかな」

お客さまから「商品が無くなったんだけど、いつ来てくれる?」と連絡があれば、土日や休日でもすぐに訪問する。お子さんの七五三や成人式に支度を頼まれると、朝5時起きをして車で駆けつけ、無償で着付けをするのもいとわなかった。

「私は着付けや日本髪を結うこともできるから、それが全部生かされたの。お客さまに喜んでいただけることは嬉しいじゃないですか。やっぱり大事なのは信頼を築くこと。お客さまとの人間関係が楽しければ、仕事も辛くないのね」