本当に、パワハラ対策の課題はそこにあるのだろうか。そこで参考になるのが、前述の厚労省ハラスメント調査だ。この調査の質問の1つでは、現在の職場でパワハラを受けている労働者と、過去3年間にパワハラを経験していない労働者に、職場で起きている、ハラスメント以外の問題について聞いている。この回答から、パワハラの背景を推測できるのではないだろうか。

実はこの質問でも、パワハラを経験している労働者のほうが、上司とのコミュニケーション不足があったと回答する割合が2.5倍ほど高く、コミュニケーション不足との相関関係があるといえよう。ただ、パワハラの結果としてコミュニケーションがなくなるというケースも多いだろう。

むしろ、ここで注目されるのは、「残業が多い/休暇を取りづらい」という項目だ。パワハラを経験した職場とそうでない職場とで、約2.3倍の差がついているのだ。

ここから、長時間労働や休みを取れないなど、過酷な労働環境がパワハラをもたらしているという構造が浮かび上がってくる。実際、記事「先輩に顔面を10発殴られて転倒…それでも若手社員が“血で汚れたシャツ”で仕事を続けたワケ」ではわかりやすく、長時間労働や膨大な業務量によるストレスから、暴力を含むパワハラが横行していた。

日本社会に蔓延する「経営服従型いじめ」

筆者は著書『大人のいじめ』を通じて、いま日本中を覆い尽くしている、労働者をひたすら使いつぶすことで利益を上げる労務管理や経済の在り方が、パワハラを積極的に必要としてきたことを論じてきた。職場のストレスによる不満の矛先を経営者に向けさせないために、あるいは経営の論理を優先する働き方についていけない労働者を「矯正」「排除」するために、ハラスメントが「役立って」いるのだ。いわば、労働者を沈黙させ、「支配」するためのシステムである。筆者はこれを「経営服従型いじめ」と呼んでいる。

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このような職場が蔓延する社会では、コミュニケーションや啓発によるパワハラ対策では、焼け石に水だろう。ちなみに、前述の経団連のハラスメント調査で、ハラスメント防止・対応の課題について「長時間労働」を挙げたのは、回答した企業のうち、わずか5%であった。

多くの大企業のトップたちは、自分たちが依存してきた低賃金・長時間労働からの転換には目もくれず、表面的な「対策」に問題を矮小わいしょう化しようとしている。それは、労働者を使いつぶすことで経済成長を目指してきた、これまでの資本主義の在り方に、これからも頼り続けたいからだろう。逆に言えば、ハラスメントを根本から減らしていくことは、職場の在り方を、経済の在り方を変えることにつながるのだ。