不眠で行動が落ち着かない80代男性は認知症か

さらに、高齢者に限定して言えば、安静が守れず行動が落ち着かない、大きな声を何度もあげる、訴えが強く頻回といった「不穏」に対し、それを抑え込む鎮静薬ばかりが精神科医の主な対応になってしまっている。不穏の原因が「認知症」とされていることも多い。

公立総合病院の内科病棟にがんの手術後で全身状態悪化のため入院した80歳代後半の男性は、夜間不眠で、時にベッドサイドをうろうろと歩き回った。看護師に「助けてくれ」「苦しいからなんとかしてくれ」と訴えるが、鎮痛剤が投与されても無効だった。

時には手を振り回して腕の静脈に注射して留置してある点滴のための針と管を自分で抜去してしまうこともあった。服薬したかどうかについての勘違いや日常的な物忘れも時々あったが、看護師のことは相手を見分けて態度を選んでいるようにみえた。

内科診療に協力する形でリエゾン診療担当の精神科医が依頼されて、鎮静のために抗精神病薬の点滴が指示され、一時は眠るようになった。「夜間不穏、点滴自己抜去。せん妄の可能性大。日中も記憶障害あり、認知症も疑う」と評価されていた。

その後日中も「なんとかしてくれ」と大声を出すようになり、食事も「いらない」とごく少量しかとらなくなった。食事摂取不良に対し、胃の内視鏡検査も検討されたが、高齢だからと見送られた。日中も鎮静のため抗精神病薬の点滴が始まり、患者の不穏は消失したが、ベッドに臥せっているばかりの生活になり食事はまったくとれなくなった。「高齢でこれ以上の治療のしようがない」と療養型病院に転院となった。

認知症に隠れがちな「高齢者うつ病」

高齢患者が急増するいま、似たケースはおそらく多くの総合病院で日々起こっている。

上田諭『認知症そのままでいい』(ちくま新書)

男性の「不穏」は、認知症ではなかったのではないか。あるいは夜間中心に起きるせん妄の可能性も低いのではないか。全身的な苦悶感、昼夜を問わないいらいらと焦燥感、食欲低下などを考えれば、高齢者うつ病が否定できない。うつ病なら、処方すべきはおざなりな鎮静のための抗精神病薬ではなく、うつを治すための抗うつ薬となる。うつ病は治せる病気で、状態が改善する期待があり、転院ではなく元気で自宅に戻れる可能性が生まれる。

リエゾン診療医はなぜうつ病を視野に入れて対処できなかったのか。業務量から余裕がなかったこともあるだろう。しかし、高齢者の不穏はせん妄か認知症だという思いこみはなかっただろうか。看護師の患者に対する見方も同様である。

高齢者うつ病でも焦燥感や身体的苦悶から、いてもたってもいられない状態や多動になるタイプがある。人との接触が減る夜間に増強する傾向があり、せん妄と紛らわしいこともある。可逆性の記憶障害や見当識障害、つまり「治る認知症状態」も生じる。それを認知症と間違えてはいけない。

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