当時のアサヒの営業部隊には、飲食店や酒販店に関する詳細なデータがあった。家族構成や経営者の趣味、最終決定権が誰にあるか、あるいは外部の人間関係などが記されていた。これらは、代々の担当者が日々の営業活動で得た情報を蓄積したものであり、部門内で引き継がれ共有されていた。こうしたデータに加え、取引先や友好企業の関係者から、相手に影響力のある外部の人を探し出し、頼んで動いてもらった。

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現在、取引において直面している主な問題

営業マン個人がつくった原因で取引が打ち切られそうになることもある。お客様との約束をうっかり忘れてしまう、といった一見些細なことからも、人間関係は簡単に崩れていくものだ。

こういう場合は、まずは言うまでもなく営業マン本人の早急な謝罪が必要だ。感情的にもつれた人間関係を修復するには、すぐに顔を出すことが第一。上司の同席も含めて的確にフォローし、担当営業とともに善後策も練っていく。

それだけ手を打っていても、他社の攻勢もあって、取引打ち切りはどうしても起こる。そうならないためには土下座でも何でもするが、「二度と来るな」と厳しく言われるケースも多い。それでも何度も通わなければ、活路は開けない。

ただし、一方で上司は部下に撤退の指示を出すことも大切だ。営業にとって一番辛いのは、成果が出ないこと。成果の望める方向に転換するのも上司の重要な役割である。「2倍、3倍にして取り返してこい」と、契約打ち切りの呪縛から解放してあげるのである。

87年、アサヒにとっても私にとっても大きな転機が訪れる。スーパードライの大ヒットである。当時、私は福岡で営業課長をしていたが、供給がまったく追いつかず、毎日お客様に謝り続けていた。メーカーの供給責任の重さを痛感する一方、強い商品を持ったことで、飲食店や酒販店などお客様の深い部分に、営業になって初めて入ることができた。

現在の営業は、より高度な提案力が要求される。一物一価だったビール単品を売っていた私の時代と異なり、発泡酒や新ジャンル、さらに洋酒・焼酎なども加わった。流通構造も様変わりしている。

だが、人間の情を基本とするスタイルは、今も営業の根底にあると考えている。取引の打ち切りにつながる重要情報はなおさらのこと、現場での人間関係ができていて初めて察知できるのだ。

(永井 隆=構成 奥村 森=撮影)