医者選びの基準は「相性」

がんであれば、家族は放置を認めないでしょうから、放射線治療くらいはやるかもしれません。手術はストレスが大きいので選ばないでしょう。抗がん剤もストレスが強ければやらないと思います。

だから、担当の医者が「がんは取れる限り取りましょう」というタイプだと困ってしまいます。もちろん、患者には治療法を選ぶ権利がありますが、主治医と患者で意見がずれてしまうと、ただでさえ楽ではない治療に余計なストレスがかかります。ですから、医者選びは大事なのです。

医者選びの基準は「相性」です。現在の医療は標準化が進んでいますから、基本的に誰が主治医になっても同じ治療が行われます。

一方、人には好き嫌いがあるので、相性が重要です。夫婦や、教師と生徒の関係にも似ています。

もう1つ、医者選びは自分と価値観が似ているかどうかも重要です。例えば、もう延命は望まないと思っているのに、主治医が延命を勧めたら、ストレスになってしまいます。

もう治療はここまでという私に対し、じゃあこのくらいにして、あとは様子を見ましょう、と言ってくれる医者でなくてはいけないのです。

こんな私と相性や価値観の似た医者というのはあまりいないのですが、中川さんはその期待に応えてくれたと思います。大変、お世話になりました。

医療のIT化が進むことで失われるもの

相性のよい中川さんに診てもらったことで、大きなストレスを抱えることなく、病院にいることができました。また中川さん以外の医師や看護師の対応もよかったと思います。

しかし、できることなら病院に行きたくないという思いは変わりません。中川さんに対しては意地悪な言い方になるかもしれませんが、先述したように、現代医療を受けるということは、現代医療のシステム全体に組み込まざるをえないからです。

現代医療は統計が支配する世界です。例えば、がんの5年生存率という言い方があります。5年生存率は、がんが治ったと見なされる数字です。患者さんから集められたこうした数字をデータとして集め、情報化するのが現代医療です。いわゆる医療のIT(インフォメーション・テクノロジー)化、そして目指すのは医療のAI(人工知能)化でしょう。

私が東大医学部にいた頃は、そうではなかったので、医療は経験に頼らざるをえませんでした。だから聴診器で胸の音を聴いたり、顔色を見たりすることが重要だったわけです。

その時代の医療から、情報化された医療に変わってきたのは、1970年代あたりからではないかと思っています。

医療のIT化が進むことによって失われるものがあります。患者の生き物としての身体よりも、医療データのほうが重視されるようになることです。それを突き進めると、われわれの身体がぜんぶ管理されてしまうことになります。そんなことを、私は25年くらい前に東大で講義した記憶があります。