現代の医療システムに巻き込まれたくない
家内も早く病院に行きなさいと催促しています。長年、健康診断の類いは一切受けていなかったこともあり、仕方なしに病院に行って検査してもらおうと決心したのです。
なぜ病院に行くのに決心がいるのかというと、現代の医療システムに巻き込まれたくないからです。このシステムに巻き込まれたら最後、タバコをやめなさいとか、甘いものは控えなさいとか、自分の行動が制限されてしまいます。コロナで自粛しているのに、さらなる自粛が「強制」されるようなものです。
なぜ医療システムに巻き込まれることにこれほど悩むのかについては、『養老先生、病院へ行く』の中で詳しく述べましたが、そのことで家内と対立するのも大人げないので、病院に行くことを決心したのです。
いったん医療システムに巻き込まれることになったら、つまり病院に行ったら、あとは「俎の鯉」です。すべてを委ねるしかありません。それは覚悟していました。
25年ぶりに東大病院を受診する
受診の相談をしたのは、中川恵一さんです。東京大学医学部附属病院勤務で、がんの放射線治療が専門ですが、終末医療の造詣も深く、『自分を生きる 日本のがん治療と死生観』という本を一緒に書いたこともあります。
82歳の年寄りですから、重大な病気があれば、そのまま終末医療に入れるかもしれません。それはそれで好都合です。
また、中川さんは私のような「医療界の変人」への対処法もよくわかっています。その安心感もありました。そこで6月12日、中川さんに連絡を入れてみることにしたのです。
そのときの私の症状は、1年間で約15kgの体重減少、あとはなんだか調子が悪い、元気がない、やる気が出ないといった不定愁訴だけです。体重がなぜ10kg以上も減ったのか、理由はわかりません。
6月中は何かと忙しく、そのときは緊急性があると思っていなかったので、少し暇ができる7月に入ってから受診できるかどうか相談しました。
ところが、その直後、7月以降の予定がいくつも入ってしまい、身動きがとれなくなってしまったのです。そこで、6月20日過ぎに改めて受診の調整をしてもらい、6月26日に東大病院で中川医師の予約をとりました。東大病院を受診するのは25年ぶりのことでした。
今から思うと、この日に診てもらわなければ、自力で病院にたどり着くことは不可能だったかもしれません。というのは、受診日の直前3日間はやたらと眠くて、猫のようにほとんど寝てばかりだったからです。
まさかの心筋梗塞
6月26日、友人の運転で鎌倉から本郷の東大病院まで連れていってもらいました。中川医師の指示で心電図と血液検査を受けました。心電図をとってくれた検査技師は、特に何も言わず、表情も変えていないので、特に心臓に異変はないのだろうと、そのときは思っていました。
それから中川医師の部屋に行き、問診を受けました。血液検査は糖尿病の数値が高かったくらいだったので、次の受診の予約をとり、家内や秘書らとともに病院の待合室で待機していました。
東大病院のある本郷から近いので、御茶ノ水の山の上ホテルにある老舗天ぷら屋(てんぷらと和食 山の上)に行って、食事をしようかなどと話していたくらいで、今日はそのまま帰れると思っていたのです。
そこへ、中川医師が急ぎ足でやってきました。「養老先生、心筋梗塞です。循環器内科の医師にもう声をかけてありますから、ここを動かないでください」と言われ、そのまま心臓カテーテル治療を受けることになりました。その前後のことは、半分寝ているようだったのでよく覚えていません。