風俗街が生まれる地理的条件

【藤井】歴史的に言えば、季節労働者や期間労働者、家族を持たない男たちが単身で労働に来る場所には、必ず風俗街ができるものです。群馬県には労働集約型製造業の大きな会社がありますよね。現在の問題はそれだけでは説明できないと思いますが。

写真=iStock.com/MasterLu
※写真はイメージです

【中村】2000年代後半に風俗街がなくなったことで、不倫売春に移行したっていう仮説も作れますね。

群馬県は工場が多いので、大企業の一番下っ端や子会社の正社員がいる。正社員は男性で、労働組合にも守られている。女性は非正規で賃金格差も大きい。そういう事情がいくつも重なって、売春が盛んだという状況を生んだ。長男信仰が温存されていて男らしさ、女らしさがすごく守られている地域ですしね。

【藤井】僕が暮らしている東京根津には江戸時代から明治にかけて、有名な遊廓がありました。根津神社の建設で宮大工が全国から集まる。それに伴い、宮大工の相手をする女性が自然と集まって今でいう風俗街が生まれたと聞いたことがあります。

しかし、明治に入って東大ができると、東大から坂を下れば根津の遊廓。学生が遊廓に入り浸って勉強しなくなってはいかんということで、根津の風俗街は江東区の洲崎に移されたとか。

【中村】いまも昔も風俗街ができる背景というのは同じなのですね。

福祉的な役割も果たす性風俗産業

売春は江戸時代からありますが、貧困に喘ぐ身分の低い家の娘が売られる人身売買的なものでした。奴隷的な労働を禁止する芸娼妓解放令とか、娼妓取締規則とか、時代によって法規制をしながら育まれてきた。

前にも言いましたが、いまの風営法の性風俗関連特殊営業の業態は自民党が昭和時代に福祉国家を形成していく過程で作ったものです。リベラルの人は売春反対となるので、風俗産業は政治的には保守的な産業といえる。売春は「自助」枠、「共助」にも近いかもしれません。

【藤井】性産業の問題は、リベラルには痛いところ。なぜならリベラルは女性の権利や決定権を常に重視しますが、性産業に従事することだって、自己決定権の行使だと言えちゃいますから。

生活費が一〇万円足りないとして、それを補うのにはいろいろな方法があるけれど、もっとも手っ取り早い方法を選択しているだけ、とも言える。自己責任論と自己決定論は紙一重。本人がやると決めて売春しているわけですから、選択権の行使であり、悪いことではない、という論理が成り立ちます。

【中村】自己決定といっても、環境が影響するじゃないですか。

地元や中学・高校の友だちから誘われたり、スカウトマンやAVプロダクションからアダルトビデオ出演を肯定するように洗脳されるとか、いろいろ想定できますね。

しかも根本に、貧困がある。そこから抜けだすための売春は自己決定で、口を挟む余地はないと感じますね。自己決定を否定しないで別の選択を与えるのはいいと思いますが。