日本の地方はどうやっても創生できない宿命にある

返礼品で寄付先を決めるなど本末転倒。ふるさと納税は、そもそも地方交付税を担当する総務省がいかに自分たちの配分に自信がないかを露呈したばかりでなく、日本人のせこさを炙り出す制度となってしまった。それが行きすぎたからと、今度はお上意識を振りかざして許認可制に切り替えるというのだから、二重に情けない。

地方創生の一環としてスタートしながら、結局は中央の役所に手足を縛られる。日本の中央集権制度の醜悪さが丸出しである。

地方創生は第2次安倍政権から掲げられてきた政策、というより念仏のようなものだ。一心不乱に唱え続けるだけで1つも効果は挙がっていない。初代の地方創生大臣を務めた石破茂氏にしても結局、何の仕事もできなかった。これは石破氏の能力の問題ではない。日本の地方はどうやっても創生できない宿命にある。

なぜなら、主体である「地方」に「自治権」というものがないからだ。立法、行政、司法のいわゆる三権が何一つ与えられていない。都道府県や市町村は国の下部機関として「地方における行政サービス」を中央から委託された範囲内で行うだけ。立法権も中央が決めた法律に違反しない範囲で独自の条例を作ってよいことになっている。司法権に関してはまったくのゼロ。各地にある裁判所はすべて国家機関である。

本当の意味での「地方自治体」ではない

日本の地方議会が機能しないのも当然で、それは立法権がないからだ。法律の範囲内で条例を制定するか、行政のトップである市長や町長が出してくる予算案を承認、あるいは拒否することしかできない。予算決定権がないから「我が町を活性化するためにこういう施策を打ちたい。ついては予算をつけよう」という提案ができないのだ。

自分たちで何かを構想したり、物事を決めたり、特色ある政策を実行できないのだから、これではおよそ「自治体」とは言えない。実際、日本国憲法には「地方自治」という章立てがあるにもかかわらず、「地方自治体」という言葉は出てこない。

詳しくは拙著『君は憲法第8章を読んだか』に譲るが、地方自治を規定しているのは憲法第8章である。しかし条文を読んでみるとあまりに短く、内容は薄く、地方自治の主体であるべき地方自治体について何ら定義していないことがわかる。条文に登場するのは「地方公共団体」という言葉だけ。つまり都道府県や市町村は地方公共団体(地方において行政サービスを行うことを国から認められた団体)であって、本当の意味での地方自治体(自治の権限を持つ団体)ではないのだ。