『肘神様が生まれた街』によれば、飛騨一帯には、両面宿儺(リョウメンスクナ)という伝統的な神様がいた。恐らく岐阜の豪族が神格化されたものだ。大和朝廷に従わなかったことから妖怪や鬼として表象され、腕が4本、顔が2つというインパクトのある風貌を持つ。高山市は、この両面宿儺を「すくなっツー」というゆるキャラにしたが、瀧上さんに言わせれば、「見た目が全然ゆるくない」「ゆるキャラに武器(引用者注:すくなっツーは斧を持っている)持たせちゃダメでしょ!」(同書より)とのことで、地元出身者からもかわいさは否定されている。
流行神の典型プロセスを踏んだ肘神様
いずれにしても、両面宿儺は地域の長い歴史が生んだ土着の神といって良いだろう。肘神様は、その点、流行神の典型的な発生プロセスを踏んでいる。高視聴率のテレビ番組で情報発信されたことが重要なのだ。流行神と同様、元になった「肘」そのものは問題ではないのである。そして神社創建のための資金も、クラウドファンディングという情報拡散を利用した手法で調達されている。
肘神神社があるのは、高山本町商店街だ。なぜ、ほかならぬこの場所に建てられたのか。『肘神様が生まれた街』ではその縁起が語られている。明治維新以降、太郎稲荷が地元民の願いがあって入谷に残されたように、流行神も時とともに土地と結びつくことがある。肘神神社も単なる宣伝ではなく、地域活性化の願いが込められているという。
瀧上さんが夢見る通り、そのうち肘が大事な野球選手など、ひょっとすると流れ星のことを知らない人も参拝するようになるのかもしれない。
北海道大学大学院 准教授
1979年、東京生まれ。筑波大学大学院修了。博士(文学)。専攻は宗教学と観光社会学。著書に『聖地と祈りの宗教社会学』(春風社)、『聖地巡礼―世界遺産からアニメの舞台まで』(中公新書)、『江戸東京の聖地を歩く』(ちくま新書)、『宗教と社会のフロンティア』(共編著、勁草書房)、『聖地巡礼ツーリズム』(共編著、弘文堂)、『東アジア観光学』(共編著、亜紀書房)など。