このような本社が認識するカンパニー制の弊害は、各カンパニーに間接業務要員を配置することによる費用増大も含めて、カンパニー制を導入しないと分からなかったことなのだろうか。そうではないだろう。従来の企業運営方法の問題(遅い意思決定、利益責任の明確化、次世代経営者の育成、業務内容の一層の透明化など)をカンパニー制への移行によって一挙に解決しようとしたのだから、問題、それも導入以前に容易に予想できる問題(経費の増大、カンパニー間連携の停滞、情報共有化の遅れ、部分最適行動など)が生じるのは当然なのである。

そもそも、組織変更で直面する問題が解決できるという考えは安直である。これまでの組織変更の成果がどうだったかを振り返ってみればわかることである。組織のあり方を変更するとともに、移行時のきめ細やかな配慮やプロセス管理が適切に行わなければ、組織運営方法の変更で期待される成果を手にすることはできない。

カンパニー長が取締役であるという矛盾

さて、カンパニー制の問題が表出化した理由の一つに、多くの企業のカンパニー制では、業務執行責任を持つカンパニー長が、経営意思決定にも加わる取締役でもあったという点にあることに気づかなければならない。取締役が執行役員を兼務するという役職付与は、業務意思決定と経営意思決定を明確に区分するというカンパニー制の極めて重要な運営ルールに反している。ちなみに、自カンパニー事業を全社の重点事業から外すという提案が取締役会でなされた時、そうすることが全社的観点から見て妥当な決定だと取締役としても納得できても、カンパニー長の立場からは、それをすんなり受け入れることは困難なはずである。

業務決定権を持つカンパニー長(執行役員)が取締役を兼務し、取締役会に参加するのであるから、よほど巧みな会議運営を行わない限り、カンパニー長は、取締役として全社的観点から発想するよりは、自カンパニーの利益代表者として発言行動することになるからである。自らがトップとして、数百人、数千人の部下を抱えるカンパニー長は、大事な部下とカンパニーのことで頭がいっぱいである。

取締役会で、自分がトップであるカンパニーの売却や事業規模の縮小等が議案になった場合を考えれば、上記の指摘の意味がわかるだろう。取締役としてのカンパニー長は、担当業務に関わる利益代表者となってはいけないことがわかっていても、自分の率いるカンパニーの不利益につながる決定にくみすることはできないのである。日本企業の運営にはなじまないと思われている経営責任と業務請負執行責任は、やはり明確に区分した方が良い。なぜなら、両者が入り混じった決定を行う日本式の経営が、数多くの問題を引き起こし、企業全体としての収益性を悪化させているからである。

カンパニー制狂想の経験を経て、日本企業は、20年以上前の状態とあまり変化がないように思われる。意思決定はスピード感を欠いたままである。組織内部門の利益責任はいまだに不明確なままであり、キャッシュの重要性も十分には自覚されていない。そして、次世代を担うエース級候補が複数存在し、誰を選ぶかに苦慮するという状況には至っていないのである。

真のグローバル企業としての基盤を固めようとするトヨタ自動車や経営再建を目指すシャープなどが、最近になってカンパニー制の導入を決めた。多くの企業の事例から、カンパニー制の長所と短所は明らかになっている。完璧な組織形態などというものは存在しない。トヨタとシャープの決定は、デメリットを上回るメリットがあると踏んだからこそのカンパニー制への移行である。両社がカンパニー制のメリットを最大限に引き出す企業経営ができるかどうかが、今回の取り組みの成否を握っている。

加登 豊(かと・ゆたか)
同志社大学大学院ビジネス研究科教授(神戸大学名誉教授、博士(経営学))
1953年8月兵庫県生まれ、78年神戸大学大学院経営学研究科博士課程前期課程修了(経営学修士)、99年神戸大学大学院経営学研究科教授、2008年同大学院経営学研究科研究科長(経営学部長)を経て12年から現職。専門は管理会計、コストマネジメント、管理システム。ノースカロライナ大学、コロラド大学、オックスフォード大学など海外の多くの大学にて客員研究員として研究に従事。
(写真=iStock.com)
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