なぜコマツを攻撃するのか

メキシコに限らず、彼は敵をあちこちにつくる。日本もそのうちの一つである。貿易赤字の元凶として、トランプが中国やインドとともに日本を批判しているのは、この演説で見た通りである。他の場所でも、トランプはしばしば日本を引き合いに出す。特に、頻繁にやり玉に挙げているのが建設機械最大手のコマツ(小松製作所)である。彼は、2016年1月にサウスカロライナ州ノースチャールストンで開かれた共和の討論会で、米建設機械最大手キャタピラーを擁護しつつ突然コマツ批判を展開し、周囲を困惑させた。

「キャタピラーのトラクターを見てみろ。キャタピラーと、日本のトラクター会社コマツとの間で、何が起きているか。私の友人はコマツのトラクターを注文した。すごい円安が進んでいて、キャタピラーのトラクターは買えないんだ」

トランプは以後も、同じ趣旨の発言を繰り返した。これについては、米『ウォールストリート・ジャーナル』が「確かに円安は日本の輸出の助けとなっているが、日銀の金融緩和政策は内需拡大とインフレ目標実現のためで、輸出促進のためではない。それに、コマツは米国内で何千もの雇用を創出している」と批判するなど、論理の乱暴さがあちこちで指摘されている。「コマツは日本、キャタピラーは米国」という発想自体が時代がかっているのである。

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ただ、ここでトランプが必要としているのは、実態のある「日本」ではない。記号としての「日本」なのだ。日本が実際にどんな国で何をしていようが、関係ないのである。

攻撃対象としての「日本」というイメージこそが彼にとって重要なのだ。

彼が日本を標的にし始めたのは、かなり以前にさかのぼる。

1987年9月、彼は『ニューヨーク・タイムズ』『ワシントン・ポスト』『ボストン・グローブ』の米有力三紙に、「ドナルド・J・トランプからの公開書簡」の形式を取った全面意見広告を出した。トランプは、このために9万8000ドルあまりを支払ったと伝えられる。

ここで彼は、日本に対して容赦ない批判を浴びせかけた。

「何十年にもわたって、日本や他の国々は米国を利用してきた」
「私たちはペルシャ湾防衛の苦労もずっと続けてきた。米国にとって原油供給面で大して重要でもない地域であり、むしろ日本や他の国々にとって死活的な地域であるのに」
「米国が彼らのために失った人命や何百万ドルを、彼らはどうして支払おうとしないのか」
「世界中が、米国の政治家たちをあざ笑っている。自分のものでもない船が、私たちに必要のない原油を運び、手助けをしようともしない同盟国に向かっているのを、守っているからだ」

トランプはこの頃、1988年の大統領選への立候補を模索していたと言われる。意見広告は、その準備の一環だったのかもしれない。沖縄県の基地問題など何もわかっていない米国の一部では、日本に対する「安保ただ乗り論」が根強い。そのような層に訴えかけようとした言説である。