最悪の事態を見積もっておけば、現実の推移はそれよりもましであることがほとんどです。実際、10年前の日本経済は恐慌入りを免れ、会社の借り入れも1年で返済しました。また、2008年9月のリーマン・ショックの直後には、ビッグスリーが破綻し米国経済も壊滅するという極端な悲観論が流れましたが、09年6月にGMが倒産しても世の中は平静を保っています。危機が強烈であるほど、対策も大きく素早いのです。
ただし、「治に居て乱を忘れず」といいます。平穏な時期が永遠に続くわけではありません。乱世は必ずくる。その事態を予期して、悲観的に、できるかぎりの準備をしておくのがリーダーの役目です。そのうえで開き直るから、人は強さを発揮できるのです。
「火事場の馬鹿力」というのは本当です。中学生のころ学校近くの民家で火事が発生しました。私たちはサッカーの練習を放り出して手伝いに走りましたが、家の前で、ご主人が大きなタンスを担いで出てくるのに出くわしました。私は「これだ!」と思いました。人間は危機に瀕すると、ふだんなら絶対にできないことができるのです。企業経営においても事情は同じです。
思い出すのは「セルフサービス、1杯150円(当時)」という革新的なコンセプトを掲げ、ドトールコーヒーショップを始めたいきさつです。事業化のヒントを得たのは71年夏の欧州視察旅行でした。パリに泊まった翌朝、食事もとらずに朝早くから高級店が並ぶサントノーレ通りを目を皿のようにして歩き回りました。それだけ危機感が深かったのです。
当時はコーヒーの焙煎・卸業からフルサービス型の喫茶店チェーンであるカフェ コロラドの運営にも乗り出し、その後も拡大を続け、最大で250店規模に達するなど、それなりの成功を収めていました。業績は良く、FC店のオーナーさんたちも十分に満足していたと思います。
ですが、私はこう考えました。一つの業態には必ず衰退期が訪れる。そのときに「次は何ですか」と問われて、答えられなかったらチェーン本部としてあまりにも無責任ではないかと。ですから、カフェ コロラドを立ち上げて、拡大に向かっていく中、私は非常な危機意識を持って欧州視察に臨んでいたのです。