“替え玉受験”で短大合格→起業の道へ

似鳥 先生が亡くなった後、孫娘の方が「おばあちゃんがいつも心配していました」と私まで手紙をくれたことがあって、ご自宅にお邪魔させていただきました。私は理解力もないし、落ち着きもない。授業を3分も聞いていられない生徒だったから、当時はさぞかし苦労されただろうと思います。

安田 私も人生でもう1回小学生をやれと言われたら、あの硬い椅子にじっと座っているのは耐えられないなあ……。

似鳥 耐えられないですよね。私はよく、気を紛らわせるために漫画を描いていましたよ。漫画大将と呼ばれるくらい、当時は本当に絵が上手かったんです。そうしたら同級生が集まってきて、「このキャラクターを描いてほしい」とお願いされるようになった。ある時は暇すぎて、木の机を彫って穴を開けたんですよ。「開通した、やったー!」と喜んでいたら先生に見つかって、ボコボコに殴られました。