18世紀の啓蒙主義の本質は「無知からの脱出」
混乱の時代に、そうした「見通す目」が生みだされた事例が過去にも発生している。
たとえば18世紀には「啓蒙」という、自分の精神を守る方法が提唱された。これは中世世界を蔽った「無知」からの脱出法だった。
無知は人を貧しく、不幸にするそうだ。とりわけ、西洋ではキリスト教会による「スコラ哲学」が、知識の正しさやその有効性の基準を「聖書」に置いたのが大問題だったけれど、そのほかはきわめて細かい研究を進めたにもかかわらず、異説(正当とされた意見と異なる個人独自の考え方)を容認しなかったせいで知の進歩が妨げられた。
これをひっくり返そうとしたのが、覇権を握る各国王族と、その下で発展した人文主義者や啓蒙思想家だった。
ルネサンス期に勢いがあった人文主義は、教会の公用語だったラテン語以外に中東で栄えたアラビア科学や哲学(このルーツは古代ギリシア)を復活させ、ラテン語一辺倒の知識体系を刷新させている。
自分で考える=無知の闇を祓うこと
あらたな思想をもとにした啓蒙主義の「啓蒙」とは、「闇(無知あるいはラテン語従属)を祓う」という意味で、その結果、欧州各国で「自由思考家(フリーシンカー)」が生まれた。自分で考えることが、闇を祓う力となった。
ところが今、情報は混沌とした雲のように重く、人々を押しつぶそうとし始めている。「啓蒙」の時代は「教養」が闇を祓う武器となった。でも、今は教養では解決がつかないほど情報の圧力が強まっている。超人的な叡智が求められている。
そこで、わたしとしては、「これまでになかった斬新な発想法」に期待をかける。
その力は、すでに昔ながらの教養思想や哲学で鍛えられた「知のコンプライアンス」を一歩進めた方法であって、「無知」から脱出する「未知への挑戦力」といってもいい。現在の正論や定説をいったんゼロに戻し、あらためてその反対思想ともすり合わせてみる。
