より良い待遇を求めて転職を繰り返す

実は幼い頃に両親を亡くしてしまったバッハは、大学に通うことができませんでした。当時、音楽家の社会的な地位は決して高いものではなく、貴族社会で対等に渡り合うためには、法律などの高度な教育を受けている必要があったのです。それがなかったバッハは、時に悔しい思いもしたのでしょう。自分の子供たちにはそのような経験をさせたくない、と息子の教育に熱を入れたと想像するのは難しくありません。

バッハの肖像画
バッハの肖像画(画像=Elias Gottlob Haussmann/CC-PD-Mark/Wikimedia Commons

バッハはより良い待遇を求めて、次から次へと転職を繰り返す人生を歩むことになります。

当時の音楽家の主な就職先と言えば、教会か宮廷でした。教会に就職すると、オルガニストを務めることが一般的です。オルガンはどんなに小さな街の教会にも必ずと言っていいほど置いてあり、毎週行われる礼拝でオルガンを弾く人材が必要とされていたからです。大きな教会では、小編成のオーケストラや合唱団を用いて礼拝用の音楽を作曲する人材も求められました。そこで作られる音楽は、ほとんどが宗教作品です。