それでもスウェーデン社会はきわめて効率的で、労働者1人あたりの生産性は日本と比べて3割も高い。各種の意識調査で「世界一幸福な国」とされたデンマークも、ワークライフバランスで世界の模範となっているオランダも、ほぼ同じ社会システムを採用している。

グローバルな世界では、商品価格や労働賃金だけでなく、働き方もひとつに収斂していく。だとしたら、耐用年数の切れた日本的雇用制度も、オランダやスウェーデンのようなグローバル化したキャリアシステムに変わっていかざるをえないだろう。

もっとも現時点では、日本には本格的なキャリアの再設計制度はなく、40代以上なら、スペシャリストとしてスキルを磨くよりも、なんとか定年まで逃げ切るための努力のほうが合理的かもしれない。しかし大手、一流とされるところでも業績の悪化で逃げ切りが難しくなっている現状では、これは“ハイリスク・ハイリターン(もしかしたらローリターン)”の戦略であることを知っておくべきだ。

大事なのは、「自分の人的資本はどこにあるのか」を再確認することだ。万が一リストラ対象になったとき、どうやってお金を稼ぐのか。人間は、基本的には「好きなこと」にしか本気になれない。だったら、好きなことを探すしかない。

世界は共働きが当たり前である

家庭のあり方も大きく変わろうとしている。日本には夫はサラリーマン、妻は専業主婦という形態が残っているが、グローバルな世界では共働きが当たり前。米国でも60年代は専業主婦が普通だったが、70年代以降は女性の社会進出が進み、今は大富豪の夫人ですら働いている。仕事を持つことが社会から認められることだからだ。

東大を頂点とする学歴社会も、グローバルな世界ではまったく通用しない。今や欧米の官庁や企業でキャリアと呼ばれる人たちは、当然の前提として、一流大学で各分野の博士号を取得している。ところが日本のキャリアは、せいぜい東大法学部卒。グローバルな政策決定の場では経済学博士の中に法学部卒の学士が混じっても相手にされない。