「幻の東京万博」の予定地に

これに遅れて、晴海が完成したのは1937年のことだ。

この時点で、晴海は五号地(現在の豊洲。ここは月島を冠せず東京湾埋立五号地などと呼称されていた)と共に1940年の開催に向けて準備が進んでいた「紀元2600年記念日本万国博覧会」の予定地とされていた(※7)

計画が進む中で1937年に四号地は京橋区晴海町、五号地は深川区豊洲一丁目から五丁目とそれぞれ新町名が決まり、開発が進められることになった(※8)