「人が亡くなったのに、何事もなかったかのように扱われた。予定通りに作業は進み、休みもなかった。遺体を包んでから1時間後には、私は仕事に戻っていた」とリッキー氏は語った。

陸に上がるまでの6カ月間、YK氏の遺体は船の冷蔵庫に保管された。船員は毎日、その周りでの船上作業を余儀なくされたという。太平洋の島の一つに停泊した際には、当局の検査中、船長から黙っているよう命じられた。誰も陸の人々と話せず、Wi-Fiもなく、衛星電話を使えるのは中国人船員だけだったとリッキー氏は明かした。