典範改正をめぐる宮内庁と官邸の温度差
席上、天皇が当初「生前退位」の意向を示したとき、皇后以下参与らはこぞってこれに反対し、摂政の設置を進言したとされる。
おそらく天皇は2008年(平成20)末の体調不良を機に、象徴天皇としての務めが果たせなくなる不安から、こうした発言に及んだにちがいない。しかし関係者は、天皇の高齢化に伴い公務を軽減しても、国民の理解は得られるとして、摂政を勧めた。これに対して、天皇は徹頭徹尾、「摂政ではだめ」として一歩も譲らなかったとされる(前掲記事)。
退位については、憲法にも皇室典範にも規定がないため、立法措置を講じる必要があった。こうした天皇の意向を踏まえて、宮内庁首脳は大変難しい官邸との交渉を迫られた。当時、密かに風岡典之長官が官邸に杉田和博官房副長官を訪ねる様子が目撃されていた。
すでに2016(平成28)年以前から、宮内庁と官邸の間でビデオメッセージの製作に向けた協議が進められていたようだ。しかし、その法整備をめぐる調整は思いのほか難航していたようである。そのため、かのNHKによる「生前退位」報道は、宮内庁サイドが痺れを切らしてフライングに至ったのではないかという観測もある。
官邸事務方幹部から、周囲に天皇の頑固さや宮内庁によるリークを示唆する言動が広まっていたという。官邸は早くから摂政の設置も一つの有力な選択肢と考えていたが、宮内庁はあくまで天皇の意向を受け典範の改正をめざした。やはり双方の温度差は大きく、明仁天皇と宮内庁は明らかに安倍官邸と対立関係にあったとみるべきだろう。
天皇の真意を国民にゆだねた政府
皇室典範を改正して天皇の「生前退位」を制度化するには、その条件として天皇の意思表示が必要か否かを定めねばならない。
しかし、天皇の意思表示によって「生前退位」が実現することになれば、それは憲法に抵触しないのであろうか。
「生前退位」にはこうしたデリケートな側面があり、8月8日のビデオメッセージでも「お気持ちがにじむ」などと婉曲的な表現を工夫することによって、天皇の退位への要望が表明されていた。政府は国民が天皇のビデオメッセージを聞いて、そこから天皇の真意を汲み取り、国民の退位に対する圧倒的支持を受け止める形で法整備を進めようとしたのである。