自分が主体的に選択したと錯覚する理由

人類の行動心理学に基づいてマーケティング理論を語った書籍は、これまでにもあまたある。この本に紹介された消費者の行動心理も、決して目新しいセオリーとは思わない。

だが、選挙法制の空隙をついたネット戦略を練り上げたり、そんな完成度もなく、ただおちゃらけて制度不備を嘲笑ったりする輩が跋扈し、政治家本人や政策などを度外視した投票行動が導かれた昨年をあらためて振り返ると、これほどにウェブマーケティングが世界を動かすとして真剣に議論されたことも、今までなかったのではないか。

サービスが飽和し、消費行動自体が飽和し、マーケティングセオリーすらすっかり飽和して「悪貨が良貨を駆逐」したこの時代に、我々の手元にある科学的なセオリーを今度はどう「よく」応用するか、時代に合わせてアップデートした点がこの本への“絶賛の嵐”の理由だろう。

実際、この本に紹介されるセオリーも、よくよく考えると、例えば2024年に行われた選挙のあちこちで効いていたと思い当たる。

「思考や動作など、自分で何かをするごく簡単なひと手間を与えられることで、人は自分が主体的に選択したと錯覚し、対象への評価を高める」「あえて慣例を破っていると見せることで『この人には他とは違う優れた部分がある』と感じさせ、ステイタスを上げる」「体験の全てを記憶する余裕はない人間の脳は、体験のピークとフィナーレを特に記憶して評価を決めるため、その二つの満足を演出すると高い評価を得られる」などなど。

2024年10月末、兵庫県知事選で、支持者らに囲まれながら自身のポスターを貼る斎藤元彦候補者(当時)。
写真=時事通信フォト
2024年10月末、兵庫県知事選で、支持者らに囲まれながら自身のポスターを貼る斎藤元彦候補者(当時)。

たとえば、ただ完成した(他人が作った)箱よりも、自分で作った箱には63%も高い価値を感じる「IKEA効果」で、人は自分が主体的に関わった選択を高く評価しがち。だから自分の政治演説を撮影してTikTokで拡散してくださいなんて言われると、人々は自分のアカウントから拡散するという行為を挟むことで、その候補者への愛着を深めるのだ。

そして著名なIT起業家たちに散見される「レッドスニーカー効果」では、常識的なドレスコードを無視するような出立ちで規範破りや非同調のスタンスをみせることで、「自分は社会的ヒエラルキーにおいて立場が揺らぐ心配をする必要がないほどにパワフルなポジションにある」と人々に印象付けることができる。億万長者であるはずの政治家が、あえてスマートではないボサボサの髪型を続け粗暴な言動をすることでむしろ「型破り」の印象を強め、自分たちの味方であるとして信仰の対象になるのだ。

ああ、我が国の選挙のあの人のときも、彼の国のその人のときもそういうことだったのか、とピンとこないだろうか。ポピュリズムとはPRに精通した政治。ウェブマーケティング全盛のこの時代の政治は、否応なくポピュリズムと相性がいいのである。