部下に分析をさせて自分の手柄にする上司

中には生産性が上がったことを利用して、自分の評判を上げようとする上司も出てきます。ある上司はわざとクライアントに手書きの日報の束を会社に持って来てもらったうえで、

「そのデータがあれば会議が終わってお帰りになる前にアドバイスの答えが出せますよ」

とクライアントに伝えるのです。

それで会議を中座した上司は私のところに来て、

「いいか鈴木。今、A会議室にクライアントの部長が来ている。このテストマーケティングについて今すぐ効果が知りたいそうだ。いまから20分以内に分析して、計算結果が出たらA会議室の電話を鳴らせ。部長は14時には帰るからタイムリミットは厳守しろ」

と日報の束を手渡すのです。

私はそこで必死に手書きの数字をパソコンに入力して集計分析します。15分程度で結果を出して電話を鳴らすと上司が席に戻ってきます。私が分析結果を伝えると満足げに彼は会議室に戻ります。

おそらくクライアントに対して、

「みなさんのやった値上げの実験ですが、顧客数は少ししか減らず、売上は大幅に増えています。懸念点としてはこれをあと2カ月続けてみて顧客の減少ペースが変化しないかどうかですね。顧客の離反がなければ値上げが正解です」

みたいにクライアントの部長をおもてなししたのでしょう。

金融統計チャートを議論するビジネスマン
写真=iStock.com/Atstock Productions
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生産性のハードルが上がり、若手はもっと大変になった

商取引がまだ手書きの伝票で行われていた時代です。クライアントの部長から見れば魔法のようなスピード集計だったのでしょう。「あいつは凄い」と思ったのではないでしょうか、私ではなく上司のことを。

そして2カ月もすると上司がまた書類の束を持って私のところにやってきました。

「また部長がA会議室に来ている。これ15分で集計して答を出してくれないか?」

というわけです。

結局、40年前の私の職場で起きたことは、会社が社員に期待する生産性のハードルが引き上げられたということだったのです。

その後、若手の仕事はもっと大変になりました。電卓の時代、言い換えると分析作業の生産性がボトルネックだった時代には、分析作業の前にじっくりと仮説をたて、何を分析すべきかを検討して、選ばれし仮説のみが検証される時代でした。

それが分析の生産性があがったことで、上司は「とりあえずあれもこれも計算してね」と選別なしに分析作業を若手にふるようになりました。こうして若手コンサルたちは以前と同じように残業が続く毎日に戻ったのです。

2025年、生成AIについてこれと同じ歴史が繰り返されます。