はじめは目も合わせられなかった

初めて本物の小倉さんにお会いしたのは、「とくダネ!」のコーナーゲストとしてニュース解説に呼ばれた2019年クリスマス、もう5年前のことだ。

90年代の「ジョーダンじゃない⁉」時代からテレビで小倉さんを見続けていた世代としては、スタジオに居並ぶ有名人にキャッキャする気持ちよりも、「とんでもないところに来てしまった」という畏怖の念の方がはるかに強かった。

小倉さんの目の前で、ニュースを解説する。私(なんか)が。

そう忘れもしない、この連載のコラムがきっかけとなって「出生数90万人割り込み、予想より早まる少子化の原因を女のワガママだとするのはNG!」的な話をしたのだった。

その日の私は「畏れ多すぎ」と隠せぬ緊張で、小倉さんとまともに視線を合わせることもできずにスタジオをあとにしたような気がする。

新型コロナ感染への恐怖

ほどなく世界中で未知の感染症が大流行、人類は未曾有の「コロナ禍」へと突入する。そんな時に私は2020年3月末からどうしたことか「とくダネ!」のレギュラーコメンテーターに起用され、アクリル板で共演者間を区切ったり、自宅や離れた別部屋からリモート出演したりという、テレビマンもベテラン芸能人も誰もが初体験する独特なコロナ対応の中で、タレントや文化人などベテランの方々に混じり、朝の情報番組の新米コメンテーターとしての経験を一から積んでいくこととなった。

コロナ禍中にあった小倉さんの感染対策意識は、我々の比じゃない。

聖火リレーが中止となり「TACHIKAWA STAGE GARDEN」で行われた点火セレモニーに参加したフリーアナウンサーの小倉智昭さん=2021年7月12日、東京都立川市[代表撮影]
写真=時事通信フォト
聖火リレーが中止となり「TACHIKAWA STAGE GARDEN」で行われた点火セレモニーに参加したフリーアナウンサーの小倉智昭さん=2021年7月12日、東京都立川市[代表撮影]

その1年半前に膀胱を全摘した身体を抱えて、毎朝の(当時、全世界的ステイホームゆえに視聴率絶頂の)帯番組のMCを務めていらっしゃったのだ。

「コロナ、かかっちゃいました」で済むような問題じゃない。共演者の私も、当時番組に呼ばれるのは月1や隔週程度の頻度に過ぎなかったけれど、万が一にも迂闊にウイルスを小倉さんにうつすなんてことはできない。その緊張感は今でも覚えているし、それこそが正直、あの緊急事態宣言下で私みたいにいい加減な人間が自分の生活を律する、最大でただ一つの理由だったと言っていい。

そして局内の様子に少しずつ慣れるにつれ、小倉さん専用と言ってもいいトイレが局内に存在することも知った。膀胱全摘後の小倉さんが出演前後にパッドなどを取り替えたりするための、オストメイト対応で広い、いわゆる「多目的トイレ」だ。

政府のコロナ対策、災害、アメリカ大統領選、誰かの不倫、無差別テロの発生……。あの稀代の司会者がカメラの前であれこれの時事問題を軽やかにさばく陰にはそういう姿があったのだということを、あのころ視聴者のどれほどが意識して見ていただろうか。