「あぜ道」を選ぶ勇気を失ってはならない

アスファルトの道とは、既に皆が知っている安全で迷うことのない道です。多くの人がアスファルトの道を選び、自動車のような便利な乗り物を使い、決められた道路標識に従って進みます。しかし、それでは新しいものが開発できるはずはありません。

一方、あぜ道とは、田んぼの中の道とも言えない道です。方向を示す目印も何一つなく、ヘビやヒルなどの危険が常に待ち受けています。ぬかるみに足をとられて先に進むことも容易ではありません。

しかし、稲盛さんは、「決してできないと人から言われたこと」に挑戦するためには、あえてこのような「あぜ道」を選ばなくてはならないと指摘しているのです。

ハルバースタム氏は同書の中で、豊かになった日本には、稲盛さんのようにあえて「あぜ道」を選び、「決してできないと人から言われていること」に挑戦する経営者がいなくなり、日本経済は衰退する可能性があると警鐘を鳴らしていました。残念ながら、現在の日本経済はその通りになりつつあります。

稲盛さんもハルバースタム氏と同様に、近年、日本では誰もが舗装された「アスファルトの道」を歩きたいと願い、その結果、新しいものが生まれなくなっているのではないかと危機感を募らせて、「不可能と思えるようなことに挑戦する気概を、また、あえて『あぜ道』を選ぶ勇気を失わないでほしい」と繰り返し語っていました。

“実現したい思い”がすべての原動力になる

その「あぜ道」をあえて選ぶ際の心構えとして、稲盛さんは「人生はもっと価値があるはずだ。チャレンジは怖くない。うまくいかなくても謙虚に耳を澄ませば、正しいやり方が聞こえてくる。

そうして成功するまで頑張ればいい。そこには限界はない。そのような心境に達することが重要」と研究者たちを励ましていました。

また、「クリエイティブなことを成功させようとしても、どうすれば成功できるかを前もって検証できるわけではない。そこで不安感を払拭し、ぎりぎりの集中力で努力を続ける。苦しみもがくことによって、神の啓示とも言えるひらめきが得られる。

しかし、ひらめきだけでは創造的なことはできない。万全の準備が必要となる」ともアドバイスしています。

この「ひらめき」については、別の場面でも、「ひらめきを得る人は多いが、それを実践できる人は少ない」とも指摘し、アイデアを思いついただけでは意味がなく、それを結実させるためには「万全の準備が必要となる」とも指摘しています。

同じような趣旨で、「できるからやるんじゃない、可能性があるからやるんじゃない。どうしてもやりたいからやるんだ」とも話しています。心の底から、それをどうしても実現したいという“思い”こそがすべての原動力になるというのです。

そのとき必要なものが自由な精神・発想だと語り、「真のイノベーションを起こそうと思えば、何にも頼らない無頼性が不可欠になる」「頼らないということが、心を自由にする」とも教えています。それを私たち日本人は失いつつあるように、私は感じています。

ビル街を走る2人のビジネスパーソン
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