無理にそば打ちや陶芸を始めなくたっていい

【長谷川晶一】長いこと芸人として活躍してきた玉袋さんは、仕事の質を高めるための工夫もしてきたかと思います。もちろん、大っぴらにいえることではないかもしれませんが、明かせる範囲でその工夫について教えていただきたいです。

【玉袋筋太郎】特に40代、50代に入った中高年の人にいえるのは、「あえて、新しいことを始めないことも大切」だということだね。なぜだか年を取ると長野あたりの山奥に行って作務衣を着てそば打ちや陶芸に手を出す人っているじゃない。あれはもう、少しあぶねえ状態だよ……(笑)。きっと、自己啓発本なんかの「老後に備えて新しい趣味を身につけよう」といった言葉を真に受けているんだよな。

そばを打つ男性
写真=iStock.com/yamasan
※写真はイメージです

確かに俺にも、むかしはそういうところがあったよ。雀荘(両親が経営していた)の息子なのにマージャンができなかったから、「本格的に勉強しようか」と覚えてみようとしたこともあるし、まわりの人間の多くがゴルフをやっているからとクラブを握ったこともある。でも、本に書かれていることや誰かの影響を受けて始めたことって、結局は長続きしないよ。心から「やりたい」と思ったことじゃないんだから、それも当然だよね。

新しいことを始めないという観点では、例えば映画にしても、どうしても気になるものは新しくても観るとして、『ロッキー』(1976年作品)なんて何十回観たか分からないもん。結末どころかセリフまで頭に入っているような映画なのに、毎回「どっちが勝つんだ?」「今回ばかりはアポロ(ロッキーのライバル)に勝つんじゃないか?」なんて思いながら観てるよ。馬鹿だよな、本当に……(苦笑)。

新しいなにかを得る前に、中高年ならではの武器を磨け

【長谷川晶一】むやみに新しいことに手を出さないことでいうと、玉袋さんが仕事でもよくお会いする町中華の大将たちにも通じるところがありそうです。

【玉袋筋太郎】「町中華でろうぜ」(BS-TBS)に登場する大将たちはみんな何十年も、自分の暖簾を守り続けている。しかもメニューは、いわゆる定番モノばかり。確かに、時代や客のニーズの変化に応じて味を変えたり新メニューを加えたりするやり方もあるだろう。でも、流行りとは無縁であっても、「いつも同じ味を提供する」という格好よさも確実にあるはずなんだ。

もちろん、俺が気づいていないだけで、大将たちも微妙に味を変えてブラッシュアップしているのかもしれない。それを俺のような客に気づかせないまま満足度を上げてくれているというのも、またいいじゃない。

変化していく時代の流れに取り残されないように、さらなるステップアップを目指して新たなスキルの習得のために努力することももちろん大切だし、立派なことだと思う。

だけど、「新しいなにか」を獲得しようとする前にやれること、やるべきことがあるんじゃないかな? それこそ30年、40年と会社員としてしっかり働いてきた人なら、若い人間にはない経験や能力だっていくつもあるはずじゃない。自分では気づいていないだけで、中高年ならではの武器や味わいをすでに持っているんだよ。

そうであるなら、「新しいものに飛びつく前に、そっちを磨け」って話じゃないかな。一度、「いま、自分はなにを持っているのか?」という棚卸し作業をやって、それをさらに磨いてみる。それこそ町中華の大将たちのようにね。そのほうが、「勝ち目」があるように思うんだよね。

(構成=岩川悟(合同会社スリップストリーム) 文=清家茂樹)
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