警察官もサラリーマン

「踊る」の最大の特長は、警視庁(本店)と警察署(所轄)の格差をかなりデフォルメした点だ。劇中では、殺人事件の帳場が立つ(捜査本部が置かれる)と、所轄の署員は総出で後方支援に回る様が描かれた。本庁の人間はヘリや車で集合し、態度もデカく、殺気立っている。

一方、所轄は捜査会議の会場設営、PCやらコピー機を運び、お茶や弁当(しかも高級)や差し入れの甘味(レインボー最中など)を用意し、一課の捜査員のための仮眠室の準備などに追われる。戒名(事件名)を決めて捜査本部の看板を書く仕事も所轄の担当。全員が駆り出されて大忙しだ。

捜査情報は本庁の捜査員だけで共有し、所轄には伝えない。所轄の刑事たちは、現場の交通整理やら運転手を命じられるか、しらみつぶしの人海戦術捜査を押し付けられるだけ。

ひどい格差だが、虐げられているからこその笑いも生まれるし、所轄の哀愁にはつい心を寄せてしまう効果がある。花形部署である警視庁捜査一課をここまで酷く醜く意地悪に描くのは、珍しかった。

パトカー
写真=iStock.com/Marco_Piunti
※写真はイメージです

ただし、この設定は物語の根幹でもある。しがない巡査部長である青島と、エリートコースを歩む管理官の室井の立場が違うことも強調しているからだ。

天真爛漫で正義感が強いものの、殺人事件の捜査をさせてもらえない青島と、エリートだがキャリア組の中では見下されて馬鹿にされている(東大ではなく東北大、一課のデカから田舎者扱い)室井は、反目する場面もあるが、警察の階級やメンツよりも人として正しくありたい「志」は同じ。ドラマも映画版も、根底にあるのは「青島と室井の信頼関係の構築」である。

固定制ではなく変動制バディ

刑事モノといえばバディが定番だった。「踊る」も一見、青島と室井の「階級を超えた相思バディ」モノともとれるのだが、その構図だけではない。

いかりや長介演じる和久平八郎は、青島に刑事のイロハを教えた。「疲れるほど働くな」「正しいことをしたければ偉くなれ」と刑事魂を叩きこんだ長老バディである。また、深津絵里が演じる盗犯係刑事・恩田スミレも、青島に被害者の心情に配慮する姿勢を教えたバディだ。キャリア組で出世した真下(ユースケ)だって、青島に従順で優秀なバディと言える。固定制ではなく変動制バディのスタイルね。

青島が湾岸署で厄介者扱いされながらも信頼され、型破りな行動が許されるのはさらに問題のある人々が上にいるから。かの有名な「スリーアミーゴス」である。

湾岸署の署長(北村総一朗)・副署長(斉藤暁)・刑事課長(小野武彦)が魅せる、無責任&事なかれ主義の上層部のコント劇場は見事だった。腹立つどころか抱腹。ベテラン俳優陣の絶妙な間合いで、湾岸署名物を作りあげたのである。

おっと、忘れちゃいけない、湾岸署の名脇役は令和の今もドラマで活躍中。取り調べが苦手、フィンランド人の妻がいる魚住課長(佐戸井けん太)、刑事になりたくて刑事課長にお中元を贈り続けた森下巡査部長(遠山俊也)と、森下と競り合う緒形巡査部長(甲本雅裕)あたりも騒々しい湾岸署を彩った面々である。