リーダーの声を直接聴いた日
2012(平成24)年12月6日、東京湾岸部有明地区。コンベンション施設「東京ビッグサイト」に、東北から9人の高校生がやってきた。この日行われたイベント「CloudforceJapan」に出席するためだ。同イベントは、マーク・ベニオフが1999年に創業したネットワークサービス大手企業「セールスフォース・ドットコム社」のプライベートイベント。同社は営業支援や顧客管理などすべてのサービスをインターネット経由で提供する。ユーザー企業はPC端末にも自社サーバにもソフトウェアを置く(=自ら手間をかけて管理する)必要がない。ソフトバンクもセールスフォースのユーザー企業だ。
この連載にとって重要なことは、セールスフォースが、合州国駐日大使館と同国NPO「米日カウンシル」が主催している日米交流プログラム「TOMODACHI」スポンサーの1社だということだ(ソフトバンクがスポンサードする「TOMODACHIサマー2012ソフトバンク・リーダーシップ・プログラム」は、そのなかのひとつとして行われている)。この日の高校生たちの往復交通費はセールスフォース持ち。会場にやって来た高校生たちは、揃いの「TOMODACHI」ロゴ入りTシャツを身にまとい、会場中央の円形ステージかぶりつきの席へと座る。午後3時半、巨漢のベニオフが壇上に立ち、高校生たちを会場に紹介する。拍手の中立ち上がり、お辞儀をする高校生たち。
少ししてベニオフと豊田章男(トヨタ自動車社長)、コリン・パウエル(合州国前国務長官)のトークセッションが始まった。テーマは「イノベーションとグローバルリーダー」。「リーダーシップ」をテーマに合州国で3週間学んできた高校生たちは、これを見に来た。パウエルが「大事なことは『失敗をしないこと』ではない。リスクを取れば人間は失敗をするものだ。大事なことは、失敗をだれかのせいにせず、自ら責任を受け止め、考え、活かしていくことにある」と語る。ブッシュJr.政権の穏健派としてイラク戦争開戦に最後まで反対し、2005年に国務長官の職を自ら辞した男のことばだ。
続けて「わたしが社長になってから、トヨタにはあまりいいことが起きていません」と会場を笑わせたあと、豊田章男が2010(平成22)年2月24日、大規模リコール問題で合衆国下院議会の招致を受け、公聴会に臨んだときの話を始める。「社長の役割とは、味方が安全に逃げるまで最後まで戦う『殿(しんがり)』だと考えています。公聴会の場で初めて、会社のために役に立つ『殿』になれたことを光栄に思いました」——。
めったにマスメディアの取材を受けない、受けてもいわゆる「見出しになりやすい面白い話」をしない(これが取材する側の彼への総評と言っていいだろう)豊田章男が、じつに具体的でかつ興味深い話をしている。東北からやってきた9人の高校生は、なかなかに貴重なものを目の前で見たことになる。
イベントが終わり、ベニオフが壇から降りて高校生たちに歩み寄る。記念撮影が始まる。終了後、高校生たちと話す機会があった。ためしに訊いてみる。ところで、今日のスポンサーのセールスフォースって何の会社かわかります? 予想どおりだれも知らない。釜石編でも書いたが、BtoB企業の名を高校生が知る機会は少ない。今日はその貴重な機会でもあったということだ。
このイベントへの招待は、「TOMODACHI~」参加者が集まるFacebook上での先着順。結果、各県3人ずつ、計9人が東京に招かれた。うち4人はすでに取材で会っていた。岩手は宮古市の佐々木勇士さん、宮城は石巻市の庄司大樹さん、同じく多賀城市の太田佳奈さん、福島県郡山市で会った嶋田亮さん。この日初めて会った高校生は5人。そのうちの男子2人に、こちらは日をあらため話を訊くことになる。詳しく聞かせてもらわねばならない大きなできごとが、この日起きていたと知ったからだ。1月中旬、まず、岩手県奥州市のJR水沢駅に1人目を訪ねた。