伝説になった全社員による検査作業

その時、マラコウスキー氏が「手作業でチップを全品テストしよう」と言い出したのだ。フアン氏は「そんなことをしたら、自分で自分の首を絞めてしまう」と反対したものの他に妙案はなく、最終的にフアン氏も賛同するしかなかった。

フアン氏、マラコウスキー氏ら経営陣が先頭に立って、社員全員で全数検査を始めた。昼夜にわたり、文字通り数十万個のGPUチップを1個ずつパソコンに載せ、テストし終えたら外して出荷する、という単調で退屈な作業を繰り返し続けた。

1個当たり5分程度かかったため、数千時間に及ぶ作業となった。そのなかでフアン氏は「この作業をしなければ会社は救われない」とつぶやきながら作業をしたという。

津田建二『エヌビディア 半導体の覇者が作り出す2040年の世界』(PHP研究所)
津田建二『エヌビディア 半導体の覇者が作り出す2040年の世界』(PHP研究所)

社員一丸となって行なったこの作業はのちに伝説となり、「みんなで会社を救った」として心を一つにした。そしてこのチップRIVA 128はビッグヒットとなり、会社は潤うことにもなった。一丸となって遂行したこの検査作業と、次の章で触れる2016年のAIへの戦略転換は、エヌビディアの企業風土に大きな影響を及ぼすことになった。

これらによって、経営陣と社員との関係が対等になったのである。フアン氏は言う。「この会社には上司(ボス)はいない。いるとすればプロジェクトが上司なんだ」。この言葉は、フラット(水平)で対等な関係を物語っている。このフラットな関係は大切にされ、3万人弱の企業に成長した現在も引き継がれている。

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