薬を飲んですぐ痛みがおさまった理由
以前、高齢男性が肩が痛いと救急外来を受診され、診察の結果「肩関節周囲炎」と診断し、その場で痛み止めの錠剤を処方して飲んでいただきました。すると、即座に「だいぶ痛みがおさまりました」とおっしゃったのです。もちろん痛み止めに治療効果はありますが、内服して薬効成分が吸収され、患部に届いて効果を発揮するまでには時間がかかります。内服して10分後ならともかく、直後に痛みがおさまったのはなぜでしょうか。
臨床の現場では、しばしばこういう現象を経験します。これが「プラセボ効果」です。プラセボ効果とは、実際には治療効果がない薬や施術を受けることで、患者さんの症状が改善する現象を指します。肩の痛みを訴えた患者さんの場合は効果のある薬を飲んだわけですが、内服直後に症状が改善したのはプラセボ効果といえるでしょう。
プラセボ効果は「偽薬効果」とも呼ばれますが、薬に限らず、手術やカテーテル治療などの施術でも見られます。胸水貯留によって呼吸が苦しくなった高齢女性を診療したとき、検査のためにごく少量だけ胸水を抜く処置を行ったところ、それだけで一時的に症状が改善したのです。呼吸が苦しいのは胸に水がたまっているからで、その水を抜いたのだから症状がよくなるだろうという期待が関係しているのでしょう。
日常診療におけるプラセボ活用の可否
プラセボは、日常の診療においても使われることがあります。すでに痛み止めを十分に使用しているにもかかわらず、痛みを訴える患者さんがいるとしましょう。痛み止めを追加しても効果は期待できず、副作用が強く出る恐れのほうが大きいときに、患者さんには痛み止めだと伝えて薬理作用のない乳糖を処方するようなケースです。うまくいけば、薬の副作用を心配することなく、プラセボ効果による鎮痛作用だけを得ることができます。言わば「嘘も方便」です。
しかし近年では、患者さんの同意なしにプラセボを使うことは倫理的に問題だとされています。患者さんをだましていることになるからであり、十分な説明と同意の下に医療を行うという「インフォームド・コンセント」の理念に反するからです。ただ、一方で、適切な状況下でのプラセボ使用は患者さんの利益になるという意見もあります。どちらがいいかは難しいところですが、私は日常臨床においてプラセボを使うべきではないと考えます。プラセボ自体には大きな害はなくとも、患者さんをだましていることが露見すると、信頼関係は壊れ、今後の治療に大きな支障を来たすでしょう。医師は誠実であるべきです。