コレステロールは体に必要不可欠な物質

「今日の午後はプレゼンだ。昼はカツ丼を食べて気合を入れるか。いや、待てよ。少し腹も出てきたし、この前の健康診断ではコレステロールも高かった……。やっぱりここは野菜炒め定食にしておくか」

若いころは何も気にせず好きなものを食べていた人も、中年になっておなかまわりが気になりはじめると、だんだん食事に気をつかうようになってくるようです。ただし、日ごろから節制を心がけていれば健康で長生きできると思ったら大間違い。逆にその我慢があなたの寿命を縮めているかもしれないのです。たとえば、日本ではコレステロールは体によくないからできるだけ摂らないほうがいいと信じられています。それゆえ、健康に関して意識高い系の人ほど、マヨネーズのようなコレステロールを多く含む食品を避けがちです。でも、そんなはずはありません。細胞膜や性ホルモンなどの材料となる、体にとって必要不可欠な物質であるコレステロールは、コロナウイルスやバイ菌などとは違うのです。

それなのに、なぜコレステロールは健康の敵のような扱いをされているのでしょう。原因はアメリカです。1948年から10年かけてボストン郊外のフラミンガムで行われた疫学研究で、血中コレステロールが高いほど虚血性心疾患が増えるという結果が出ました。これが拡大解釈されてコレステロールは低ければ低いほうがいいという考え方が世界中に広まり、日本の医者もそれを頭から信用してしまったのです。

たしかにコレステロールが高いと動脈硬化が進んで血管が詰まりやすくなります。肉食文化で心筋梗塞や狭心症がいまも国民病となっているアメリカ人にとっては、長生きしたければコレステロールを減らせというのは、ある意味正解だといえなくもありません。

しかし、日本は事情が違います。アメリカ人の死因で最も多いのは心疾患ですが、日本人の死因第1位はがんなのです。2020年にがんで亡くなった人は年間およそ37万8000人、これに対し急性心筋梗塞の死亡者は約3万人、と12分の1にすぎません。ということは、日本人が本当に気にすべきは、心筋梗塞よりもどうしたらがんにならないかのほうじゃないですか。

そして、コレステロールはがんのかかりやすさにも深く関係しています。コレステロールが高い人のほうが低い人よりも、がんが少ないのです。コレステロールはがん細胞のもとになる「できそこない細胞」をやっつけてくれる「NK細胞」の重要な材料になります。したがって、コレステロールが高いほど免疫機能が高まり、がんになりにくくなるのです。それに、心筋梗塞は心臓ドックを受けていればある程度予防できますが、がん検診でがんは防げません。ですから日本人が食事でコレステロールを気にしたり、薬でコレステロール値を減らしたりするのは、本当はおかしいのです。

コレステロールが脳卒中を減らした

がん以前は脳卒中が、長らく日本人の死因トップに君臨していました。日本ではもともと肉類をあまり食べず粗食をよしとしてきたため、国民の栄養状態は悪く、アメリカとは反対にコレステロールの摂取が少なかった。コレステロールは多いと血管が詰まりやすくなりますが、足りないと血管がもろくなってすぐに破れてしまいます。そのため、昭和40年代は血圧が150くらいでも簡単に血管が破裂していました。それで脳出血で死ぬ人が多かったのです。ところが、いまの日本人の血管は、血圧が200を超えていてもそう簡単に破れません。肉や乳製品を食べる量が増えて体内のコレステロール値が上がり、その分血管が丈夫になったからです。

ときどき記事になる20億円を動かす87歳のデイトレーダーが神戸にいます。彼は血圧が220と紹介されていましたが、それは血圧を下げると頭がぼんやりして勝負ができなくなるからだそうです。かくいう私自身も、もともとは血圧が220ありました。さすがに数年前に心不全が見つかってからは、薬で170まで下げていますが、それでもかなりの高血圧だといえます。だからといって体調が悪いということもありません。年齢のわりにはかなり元気なほうだと自負しています。

実は、アメリカからコレステロールこそが諸悪の根源であるという説が入ってきたころの日本では、国民病だった脳卒中が減りはじめていたのです。戦後に食生活の欧米化が進み、コレステロールの摂取量が増えたからです。

当時、日本公衆衛生学会名誉会員の小町喜男氏がリーダーとなって、血中コレステロールと脳梗塞発症率の関係を調べる共同研究が行われていました。それを見ると全国の各地域で住民のコレステロール値が上昇し、脳梗塞が減っています。最も顕著なのは秋田で、10年間でコレステロール値は150ミリグラムから約20ミリグラム上昇し、脳梗塞の発生は半減しているのです。また、コレステロール値の平均が180ミリグラム超と高かった大阪の脳卒中発症率は、秋田の6分の1。日本型の脳梗塞はラクナー型と呼ばれ、脳の細い血管に起こるため、脳出血と同様に栄養不足で血管がもろいと発症しやすくなるのです。

このようにデータも出ていたわけですから、コレステロールはよくないとアメリカからいわれても、いや、わが国はそうじゃない、事情が違うのだと冷静に判断すればよかったのです。でも、そうせずにコレステロールをもっと減らせとアメリカに追従してしまった。おそらくそういう心臓の医者の声がいちばん大きかったのでしょう。それにしても身長180センチ体重120キロのアメリカ人と同じことが、身長160センチ体重60キロの日本人にそのまま当てはまるはずはないのに、それをすんなり受け入れるというのは、愚の骨頂としかいいようがありません。