「はて?」が持つ力とは…朝ドラ毎日レビュー10年目のライターが、『虎に翼』寅子を「待ちに待ったヒロイン」だと思ったワケ(木俣 冬)

かつて、寅子(伊藤沙莉)ほど手慣れたお酒の飲み方をする朝ドラヒロインがいただろうか。現在放送中の“朝ドラ”こと連続テレビ小説『虎に翼』(NHK)で、寅子が大学入学祝いで家飲みをしたときの堂に入った飲み方が、伊藤のハスキーボイスも相まってかっこよかった。

『虎に翼』NHK公式サイトより

『虎に翼』が「新しい」と言われる理由

『虎に翼』は「新しい朝ドラ」と評判だ。朝ドラがはじまったのは1961年、『虎に翼』は63年目の第110作にあたる。昭和、平成、令和とつづいて、よくいえば伝統芸だが、マンネリと言われてもおかしくはない。もちろん、NHKだって毎回、何かしら新しさを付与しようと努めているのは感じていたが、その努力が『虎に翼』でついに花開いた。「新しい」という感想をSNSでもよく目にする。

何が新しいかというと、社会問題に取り組むヒロインの誕生だろう。いや、社会を変えようとするヒロインだ。生理で寝込み、生理痛に効くツボを教わる描写も新しい。が、やっぱり「社会」だ(言ってみれば、生理の扱いも社会問題だ)。志を同じくする者たちと共に社会を変えようと闘うヒロイン・寅子の出現で、ホームドラマだった朝ドラの世界は一気にぐーーんっと広がった。

『虎に翼』は朝ドラ名物の子役時代がなく、ヒロインが最初から自我に目覚めており、迷うことなく自立を目指す。朝ドラヒロインの王道・ドジっ子でもなく、すぐ手が出る直情型ではあるが聡明で弁が立つ。作中では、男性に対して弱さや控えめな態度や媚びをかわいげに見せる処世術には「スンッ」という名がつけられて、擬態であることが前提となっている。誰が決めたか世の中に定義づけられた擬態(仮面)を取って、誰もが自分らしく生きていくために、寅子は法の世界に進む。この世界観がこれまでの朝ドラとはまるで違っていた。

「朝ドラ=ホームドラマ」という前提があった

これまでの朝ドラの定番は、ヒロインがいまある社会のなかでよりよく生きる方法、自己実現を模索する物語だった。

例えば、『あまちゃん』(13年度前期)は「地味で暗くて向上心も協調性も存在感も個性も華も無いパッとしない子」だったヒロイン・アキ(能年玲奈 現:のん)が海女やアイドルを目指しながら自分の帰る場所を見つける。

『ひよっこ』(17年度前期)のヒロイン・みね子(有村架純)は大きな目標はないながら、東京に出稼ぎに出て洋食屋で働き、やがて同じ職場の男性と恋して結婚する。

『カーネーション』(11年度後期)の糸子(尾野真千子)は女性が祭りに参加できないことを悔しく思い、だんじりの代わりにミシンを駆使してファッションの世界で生き、やがては老いを乗り越える域に向かう。

『ブギウギ』(23年度後期)は数奇な運命のもとに生まれたヒロイン・スズ子(趣里)がブギの女王となるが最終的には家族に回帰する。

みんなそれぞれ生き生きとして魅力的で、お話もとてもおもしろいものだった。が、いかんせん朝ドラ=「ホームドラマ」という前提があったため、身の回り半径数メートルの世界観から出ていけなかった(彼女たちの幸せが間接的に誰かを幸せにすることは別の話とする)。