アプリ運営企業から厳しい契約条件を押しつけられがち
同戦略は、米ハリウッドをはじめエンタメ業界で流行する経営理論で、一握りの作品に制作費や販促費などの経営資源を投下するのが特徴だ。米ハーバード・ビジネス・スクール教授による関連書籍『ブロックバスター戦略』によれば、米ワーナー・ブラザースは10年に約20作の映画を制作したが、全体予算の3分の1を「ハリー・ポッター」シリーズなどの3作品に的を絞って大成功した。
データ分析の技術が進化し、ヒット作品を従来に比べて精度高く予想できるようになったため、こうした手法は近頃、ますます存在感を増している。とはいえ、日本では「お客様は神様です」の有名な言葉があるように、顧客第一主義が古くから浸透しており、「ヒットは力尽くで生み出すもの」といった発想に対して、国内の制作スタジオの間では戸惑いも見られる。ただでさえ、まだスタジオ各社は輝かしい制作実績がなく、アプリ運営企業から厳しい契約条件を押しつけられがちという別の悩みを抱える。同業他社への作品提供を長期間禁じる「独占縛り」などは、まさにそれに当たる。「我々はいわば下請け業者。5年後に生き残っている制作スタジオはごく一部ではないだろうか」。ウェブトゥーン・バブルの裏で、悲観的な言葉を発する関係者が後を絶たない。
置き去りにされた読者
すでにスタジオの制作現場では、作業スケジュールの大幅な遅れなどの混乱も生じている。ある韓国系の制作スタジオでプロデューサー業務を担うN氏(=取材当時)は「ウェブトゥーンをよく知らない日本人だけで作品を作ればトラブルは起きて当然です」と警告する。韓国資本のスタジオではネームや線画などの工程を日本側で、着色工程を韓国側で担当したりする。手先の器用な日本人は、ペン入れの作業ではすぐに力を発揮できるが、ゲームイラストやアニメとも微妙に異なるウェブトゥーン独特の「塗り」をこなせる即戦力の人材は、国内にはまだ数が少ない。
だが、韓国にツテのない他のスタジオは、国内で作業を完結させている。一部のスタジオでは出版社からの転職組がプロデューサーを務めるが、彼らは日本漫画の専門家であって、ウェブトゥーン制作に関しては初心者だ。ウェブトゥーン作家としてのデビュー経験を持つN氏は「紙の漫画の編集ノウハウはあまり通用しないでしょう」と辛辣に言う。絵やストーリーの基本ルールが両者で異なることに加え、分業で作るウェブトゥーンでは、プロデューサーは作品の質を管理するために各工程に目を配る必要がある。自身で制作ソフトを操作するなどの実務経験がないと具体的な指示を出せないのだ。