移籍システムの是非よりも重大な問題

大谷だけでなく、野茂英雄、イチローからダルビッシュ有と続くMLBに挑戦した日本選手は、日本球界のさまざまなしがらみを断ち切って、MLBに挑戦してきた。

大谷の同級生で昨年MLBに挑戦した元阪神の藤浪晋太郎は、今年に入ってテレビ番組でやかましい日本球界、メディアを「お母さんに『勉強しなさい』と言われてた時の心境みたいな感じですかね」と表現している。まさに日本球界の「しがらみ」とはこういうものなのだろう。

昨年のWBCに出場した選手たちも、彼らに続く日本のトッププロスペクト(有望選手)たちも「自分で目標を設定し、自分の意志で課題に取り組み、努力をして」自らの未来を切り開いているのだ。

ポスティングシステムは、彼らの目標を達成する「手段」なのだ。

「育ててもらった恩を忘れやがって」という大人たちの言い草は、彼らの前では色あせて見えてしまう。今の野球エリートのまなざしは、はるか上を見ているのだ。

なお、ロッテの佐々木朗希のポスティング移籍の問題が話題になっている。

契約更改後、記者会見するロッテの佐々木朗希投手=2024年1月27日、千葉・ZOZOマリンスタジアム
写真=時事通信フォト
契約更改後、記者会見するロッテの佐々木朗希投手=2024年1月27日、千葉・ZOZOマリンスタジアム

佐々木は今オフのMLB移籍を希望しているようだが、25歳未満での移籍では契約金は制限され、ロッテへのポスティングフィーも少ない金額になる。それに佐々木は一度も規定投球回数に到達していない。いわば「シーズン通して投げることができる」エビデンスがないのだ。

「ロッテ球団に恩返しをしてから」という理屈ではなく「時期尚早だ」というのが筆者の見方だ。

独立リーグ以下に凋落したメキシコ野球

NPBに対する大きな懸念は「NPBは本当にMLBのマイナーリーグになってしまうのではないか?」ということだ。

大谷翔平は契約の大部分を後払いに回したが、受け取る金額は年平均で100億円を超す。これに対し、NPBの2023年の最高年俸は、山本由伸とソフトバンクのロベルト・オスナの6億5000万円。その差は15.7倍。選手の平均年俸で見てもMLBは2023年で5億7500万円なのに対し、NPB選手は4468万円。実に12倍もの格差だ。

一方で「観客動員」ではほぼ同じレベルだ。NPBは2023年、セ・パ両リーグ12球団で858試合のペナントレースを行い、観客動員は2507万169人、1試合当たり2万9219人。

MLBはア・ナ両リーグ30球団で2430試合を行い、観客動員は7074万7365人、1試合当たり2万9114人。

1試合当たりの入場者数ではわずかながら日本の方が上回っている。しかし日米の選手年俸は10倍以上になっている。

ビジネスモデルの違いが、ここまでの大差につながったのだ。

今後は、才能ある野球少年は「甲子園からプロ野球」ではなく「WBCからMLB」を目指すだろう。さらに言えば、日本からNPBを経ずにMLBに挑戦する選手も続出するだろう。

かつてメキシコのプロ野球「リーガ・メヒカーナ・デ・ベイスボル」は、MLBに対抗しうる人気を誇るプロ野球リーグだった。終戦直後にはMLBの選手を大量に引き抜くなど、MLBへのライバル心をあらわにした。

しかしMLBがその後、近代化を推進し、マーケットも東海岸から西海岸へと拡張する中で、ビジネスモデルが脆弱ぜいじゃくだったメキシコプロ野球はMLBの傘下に入り、MLBのマイナーリーグとなった。

今はMLBの傘下を外れ、アメリカから見れば「独立リーグ」の一つになり、MLBとの格差は決定的なまでに広がっている。