古参幹部が専務として目を光らせている
ところが表立っては「継げと言ったことはなかった」のが孝氏だ。一方で、拓紀氏によれば「母からは子供の頃から『あなたたちは将来、2人で力を合わせて会社を盛り立てるんだよ』ということをよく言われました。父は社業について詳しいことは何も言いませんけど、母はストレートに伝えるんです。『今、会社は苦しい』とか」。
父の孝氏にしても、子供たちを社業から遠ざけていたわけではない。充宏氏によると「社内のイベントには家族でいつも参加していました。取引先がたくさんいらっしゃる忘年会にも出ていましたよ」。そのため社歴の長い社員たちとは今も近しい関係にあり、「入社してからも、ある方は私が失敗したら本気で怒ってくれたし、感激して一緒に泣いてくれたこともある。社員さんたちに育てられたという意識は強いですね」(充宏氏)。拓紀氏にも同じ思いがあるという。
古参の幹部の一人は現在、専務取締役をつとめ、拓紀社長と充宏常務の間で「目を光らせている」(孝氏)。同族企業だからこそ、社員の士気を保つためにも人事のバランスを取ることが重要なのである。
ところで、充宏氏は父である会長に対しても兄である社長に対しても敬語を使う。それは孝氏の信念によるものだ。「家とは違うのだから、会社ではきちっと筋を通していないといけません。外から『あの会社はなあなあだ』と見られてしまいますから」(孝氏)
会社では会社の役割らしく振る舞う。社長の判断は尊重し、軽々には口出ししない。親族だけではなく古参幹部にも敬意を示す。どれも当然のことのようだが、できていない会社も多いだろう。事業承継で王道を歩むには、継がせる側にこうした自制や配慮が必要なのだ。