欧米のメディアが井上の強さに驚嘆し、名選手や専門家の間でも絶えず話題になっているのは、メジャーリーグの大谷翔平とよく似ている。2人のスポーツヒーローは、その規格外のパフォーマンスや、海外での評価の高さなど共通したものがある。いまや米国のメディアが大谷を「ユニコーン」と書くように、井上を「モンスター」と表記するのも当たり前になってきている。

「史上最強のボクサーは誰か」「それは井上尚弥ですよ」

23年で94歳になる石井敏治元トレーナーに「史上最強のボクサーは誰か」と聞いたところ、躊躇なく「それは井上尚弥ですよ」という答えが返ってきた。石井氏は日本初の世界チャンピオン、白井義男やマネジャーのカーン博士とも親交があった、戦後の日本ボクシングを知るベテラン指導者。井上について石井氏は「ボクサーとしての才能、性格、練習熱心な点など、これほど揃った選手はいない」と評価した上で、指導者でもある父親の真吾トレーナーの存在も大きいと指摘した。真吾トレーナーは幼い尚弥・拓真の兄弟を指導し始めた時、豊富なボクシング経験があったわけではないが、それは問題ではないと石井氏は言う。

「白井と出会う前まで、カーン博士はテニスを教えたことはあったが、ボクシングは素人同然でした。それでも情熱的にボクシングを研究して指導した。それに白井が信頼を寄せ、博士の忠告を受け入れた」。井上親子の師弟関係には同じようなものが窺えると語っている。

これほど長く世界のトップに君臨しながら、些かも衰退の予兆を感じさせないのも井上の凄いところである。数年前に「まだ伸びしろはあると思うか」と問うと、「それがなければ、やってられないですよ」と言っていたが、いまもその気持ちでいるのだろう。かねてより井上は「フェザー級まで戦い、35歳で引退する」と公言してきたが、最近のコメントでは「あと2年延長してもいいか、大橋会長に頼んだ」という。井上尚弥の“長期王朝”は終わりが見えない。

◆このコラムは、政治、経済からスポーツや芸能まで、世の中の事象を幅広く網羅した『文藝春秋オピニオン 2024年の論点100』に掲載されています。

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