ゴールは見えないくらいがちょうどいい

長い間サッカーをやってきて、大ベテランと呼ばれる域にまで達しました。それ以上に一人の人間として43年生きてきました。

遠藤保仁『シンプルに考える』(プレジデント社)
遠藤保仁『シンプルに考える』(プレジデント社)

「サッカーでたくさんのことを経験できたし、余生はある程度ゆっくり……」

なんて思っていたのですが、いまや人生100年、まだ人生の折り返し地点にもきていませんでした。

サッカー選手の引退をひとつのゴールとするなら、どこにゴールがあるのかわからないくらいでいるほうが、個人的に好きなんです。

予定は未定です。

人生は「しかたがない」の連続だ

サッカー選手にとって、ケガは引退を早めてしまうおそれがあります。若いときに比べてケガの回復が遅くなっていることは感じても、「ケガをしてしまったらしかたがない」というくらいに構えていました。

サッカー以外のことになると、完全に「しかたがない」の連続ですね。

人生の引退のほうが、サッカー選手の引退より先行き不明です。それこそ、ゴールがどこにあるかわかりません。

いちいち気にしていても「しかたがない」ですから。