人気の名前には時代の「欠乏感」があらわれる

一方、名前の文字のほうは、マクロの視点でみると願望、言いかえれば欠乏感があらわれる。つまり人気の高い名前に使われる漢字は、その社会、その時代に欠けているもの、求めて得にくいものが表現される。多くの人が無意識にそういう字を使いたくなるのである。

例えばイトヘンの字である。もともと綾、紗、紀、絵、紫、緒、純、紅などの字は名前に多く使われてきたが、2000年ごろからは、「結」の字のつく名前が急速に増え、特に新垣結衣さんの影響で結衣は大人気の名前になった。そのほか紬(つむぎ)、紡(つむぎ)、絆(きずな)という名前も徐々に人気が上昇し、今回、紬がついにベスト10に入ったわけである。

糸はもちろんモノをつなぐもの、結ぶものである。

今の時代は単身世帯が増え、特に人と話をしなくても買い物もできるし、暮らしていける。一方で何十万人もの老人が行方不明になってもいる。そのように、人どうしのつながりが希薄になるほど、イトヘンの字は増えるのである。誰しも心の奥には、もっと人とつながりたいという願望、言いかえれば欠乏感があるわけである。

さまざまな色の糸
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「自然」に関する名前が増えている理由

ソウという名前は、呼び名自体はもとから人気が高いが、これまでは颯の字が使われることが多く、想の字はあまり使われてはこなかった。今回それが急に順位を上げた。

もともと「心」を含む、愛、優、悠の字もみな90年代から現在にいたるまで、ずっと高い人気を保っている。そして「心」の字そのものも20年ほど前、つまり平成のなかばから急に人気が上昇している。

これは世の中が複雑になり、デジタル化が進み、人の微妙な心の動きがわかりにくくなり、違う世界、違う世代の人の間でコミュニケーションがとりにくくなっていることのあらわれかもしれない。

ベスト10の中にある「蓮」「蒼」の字は1990年から、「湊」「凛」の字は2004年から名前に使えるようになったのだが、その後すぐに爆発的に人気が出ている。しかし、それ以前に「使いたい」という要望が多かったわけではない。「今後使ってよろしい」という漢字のリストが発表されるやいなや、いきなり人気が出たのだから、多くの人が目で見て反射的に気に入ったのであろう。

この4つの字はいずれも自然界の植物や海、季節に関係のある字だが、ベスト10の他の字をみても、愛や律の字を除いては、みな自然界に関連の深い字である。

世の中の名づけ全体をみても、90年代以後につけられた名前は、自然界の何かをあらわす字が非常に多く使われている。この傾向は今後も続くと思われる。いかに多くの人が自然を求め、環境の破壊に不安を感じているか、ということがあらわれている。