安楽死は本当に悪なのか
診断が適切に行われ、病気の予後(先行き)が悪い、あるいは治療への反応が悪く、動物と飼い主のQOLが低下した場合には、安楽死も選択肢として提案される場合がある。
とはいえそこに「安楽死」も選択肢として提案されることには異を唱える人も多そうだ。
「日本では、安楽死を非常に忌み嫌う風潮がありますが、“動物福祉”の考え方からすると、場合によっては正しい選択でありえます。ペットを飼うのは、動物と人がお互いに幸せな関係でいたいからです。10年以上も飼育してきて、ただ最後の数年間、大きな病気になってしまい、すごく出費がかさむ、世話が大変、周囲に迷惑をかけるなど、飼い主さんの生活を圧迫する状況では、ほかの選択肢も十分に検討し、考え、悩んだ結果として安楽死を選択するというのは、ペットにとっては悪い選択ではないと思います。また、その場合には、飼い主さんはその義務をしっかり果たしたのだと思います。単純に正解・不正解で語れるものではありません」
臨床獣医師でもある佐伯教授は、病気の終末期のペットや、高齢で寝たきりになった犬の飼い主が、負担に耐え切れず「もう死んでくれ」と思い詰めているケースもあると言う。
「すごく悲しいことですよね。ペットの死に際の苦痛に満ちた状態がトラウマになる人もおり、そういう方は二度と動物を飼わなくなってしまいます」
感情の押し付けで議論にならない現実
安楽死については獣医師も悩んでいると佐伯教授。
「獣医師はだいたい子供のころから動物好きで、動物を治したいから獣医師になるので、もちろん安楽死に否定的な人も多い。病気は治すものであって、安楽死はすなわち獣医師としての敗北と思うのは医者の本能です。でもそうではない。獣医療が進歩し、様々な治療が提案できる現在でも、病状によっては、動物を苦痛からどう解放してあげるかを中心に考えることも重要なのではないでしょうか」
ただ日本では、実際に安楽死を行う割合は世界的に見ると少なく、安楽死処置を行ったことのない獣医師や飼い主から依頼されても安楽死は行わないという立場の獣医師も存在する。
「日本社会の現状では、安楽死や殺処分について科学的・獣医学的に議論する土壌が十分にはできていません。その理由の1つに動物愛護と動物福祉=アニマルウェルフェアの違いがあると思います。動物愛護という言葉も海外にはありません。日本独自の考え方です。動物愛護は、ともすると人間側の感情の押しつけになってしまう危険がありますが、動物福祉は動物主体の考え方です。獣医療の目的は、動物の福祉を守ることでもあります」