※本稿は、紀藤正樹『議論の極意 どんな相手にも言い負かされない30の鉄則』(SB新書)の一部を再編集したものです。
意見は、価値観と理屈でできている
意見とは、ある事実を自分の「価値観」で評価し、そこに「理屈」を伴わせた言葉です。価値観は事実に対する評価で、理屈とは意見の理由です。
では、あなたの理屈(意見の理由)が強固であれば、相手はあなたの価値観を受け入れざるを得なくなり、あなたは議論に有利になるでしょうか。
それは「単純にそう言えない」というのが私の考えです。
というのも、ある物事について賛成の立場をとる人と反対の立場をとる人は、往々にして同じことを問題にしており、しかも同じくらい理屈の筋が通っている場合が多いからです。
「同性婚」で考えてみましょう。賛成派も反対派も問題にしているのは、次のように、「①結婚制度の意味や存在意義」、「②結婚制度における人権や平等」といったことで一致しています。
同性婚賛成派……「①結婚制度とは、望んだ相手と家族という1つの共同体を形成することを保証するものである。したがって②異性カップル、同性カップルにかかわらず、誰もが等しく結婚できる権利を有するべきである」
同性婚反対派……「①結婚制度とは、子を為し、血のつながった家族をつくることを保証するものである。したがって②結婚できる権利は子を為せる者の間で、すなわち異性カップルだけが有するべきである」
ご覧のように同じことを問題にしているうえに、いずれも形式上の筋は通っています。論理矛盾は見られません。では、どこで対立しているのかというと、理屈ではなく価値観の部分です。
「どちらが正しいか?」ではなく「自分はどちらの理屈を選びたいか? (どちらの理屈を正しいとする立場でありたいか?)」という価値観こそが自分の意見の拠り所であり、結論を分ける分岐点なのです。