※本稿は、浅田義正、河合蘭『不妊治療を考えたら読む本〈最新版〉』(講談社ブルーバックス)の一部を再編集したものです。
基礎体温の計測は必須ではない
不妊治療の世界ではどんどん新しい技術が登場してくるので、基本検査の内容も刻々と変わっていくのが当然だと思います。
たとえば、基礎体温の計測です。基礎体温とは安静時の体温のことで、朝、目覚めたときに床の中で計測します。これを毎日記録すると、女性は原則として排卵に向かう月経周期の前半では低温期を、排卵後の後半では高温期を示します。
基礎体温の変化と月経周期の関係を初めて提唱したのは明治生まれの産婦人科医・荻野久作先生(1882~1975年)です。荻野先生の排卵の研究は、世界に先がけて妊娠のメカニズムに斬り込んだ画期的なものでした。
しかし、今ではさまざまな診断技術が発達しました。血中のホルモンを測ったり、超音波検査で卵胞そのものを確認したりすれば、その女性がいま月経周期のどのあたりにいるのか、きちんと排卵が起きているかといったことは、医師にはすぐにわかります。
ですから、自分で自分の身体の状態を把握しておきたいという方は測ればよいと思いますが、現代において不妊治療を行う医師にとって、基礎体温はとくに必要な情報とは言えないのではないでしょうか。海外の生殖補助医療関連学会では、基礎体温(BBT:Basal Body Temperature)という言葉は、もう30年くらい聞いたことがありません。
基礎体温はかなり当てにならない
そもそも、基礎体温をグラフ化すると、正常な場合はきれいに低温期と高温期ができることになっていますが、教科書通りのグラフにはなかなかなりません。それでも、妊娠には差し支えないことが多いのです。
逆に、きれいなグラフに見えても、実際には排卵していないことがあります。LH(黄体化ホルモン)が放出されても卵胞が破裂せず、その中で黄体ができてしまうという現象です。これは黄体化非破裂卵胞(LUF:Luteinized Unruptured Follicle)と呼ばれています。
破裂しない理由はよくわかっていません。この場合、黄体はできるので、基礎体温を上昇させる黄体ホルモンは分泌されます。ですから、グラフの上ではちゃんと高温期に入り、本人は「排卵した」と思ってしまうでしょう。
ところが医師が超音波検査を行えば、卵胞は破裂しないまま大きくなって、卵巣の中に存在し続けていることがわかります。多くは月経の頃にしぼみますが、中には次の周期まで残って遺残卵胞として残るものがあり、その周期の治療に支障をきたすこともあります。そのため、遺残卵胞がなかなか消えない場合、医師は穿刺によって卵胞をなくす処置を行うこともあります。
このLUFは意外とありふれた現象で、誰にでも、いつでも起きる可能性があります。
このように、ネットにも多くの本にも「排卵しているかどうかわかる方法」と書かれている基礎体温計測ですが、生殖補助医療の現場から見れば、かなり当てにならないものなのです。