630円の入館料の意味

一方で、日本の文化施設における一部高額拠出者に対する特典の提供は、いまだ大きく広がっていないのが現状です。

その背景には「博物館や美術館などの文化施設は、社会教育のための施設であり、多くの市民に対して平等にその機会を提供しなければならない」とする社会認知と、その思想に基づく法規制が存在します。

わが国の公立博物館を規制する博物館法は、その第26条で「公立博物館は、入館料その他博物館資料の利用に対する対価を徴収してはならない」とする定めを持っています。

ただし、この条文は後段で「博物館の維持運営のためにやむを得ない事情のある場合は、必要な対価を徴収することができる」と定めています。現在、国立科学博物館は常設展示の一般入館者に対して630円の入館料を定めていますが、この微々たる入館料ですら実は法律上は「博物館の維持運営のためにやむを得ない事情のある場合」の特別な徴収であるというのが実態なのです。

写真=国立科学博物館のクラウドファンディングサイトより
国立科学博物館の標本数の推移。2022年度に500万点を超えたが、「アメリカのスミソニアン国立自然史博物館では約1億5,000万点の標本を所蔵するなど、海外の主要な自然史博物館と比べると桁が一つ、あるいは二つ少ないのが現状です」としている。

自然しかない日本の国立公園

通常の入館料ですらこのような扱いですから、ましてや日本の博物館では一部の高額拠出者に対して特典の提供は容易にできない。たとえ提供ができたとしても、それを広く一般市民も手に入るように「価格を抑えるべきだ」という社会的圧力、そして制度上の圧力が常にかかってしまうわけです。

実は、これと同じような構図は、博物館のような文化施設の一方で「自然資源」として法律上の保護、規制を受けている国立公園や国定公園の利活用論議にも存在します。

わが国が誇る自然資源は、新型コロナウイルスの感染拡大で落ち込んだ国際観光客誘致、中でも富裕層の観光需要喚起において非常に重要な観光資源になるものとして高く評価されています。

このように国立公園や国定公園を一部富裕層の誘致に利用する施策は、諸外国においては一般的であり、国立公園を訪れる富裕層のみをターゲットとして、公園内もしくはその隣接地区で高級ホテルの誘致を行い、そこで特別なサービスの提供が行われています。

そのような一部富裕層向けのサービスで得られた収益は、公園内の自然資源の維持管理に充てられ、ひいてはそれが市民生活の質の向上に繋がる。そのような施策は世界的には当たり前のように行われているわけです。