「あ、自分日本人じゃないんだ」
現在、都内の大学に通う彼が自分が本当は「日本人」ではないことを意識するようになったのは、2019年に大学のプログラムで海外に行ってからだった。
「現地で全く日本人に見られないんですよ。現地の人に間違えられたりして。今まで日本にいて、日本人として過ごしてました。何も疑問に思うこともなかったです。学校の教育を受けて、何か日本社会に良いことをやろうと思ってました。でも海外に出ると日本人に見られない。そこで『あ、自分日本人じゃないんだ』って感じました」
日本に帰り、その時抱いた疑問を調べようと、インターネットや大学の図書館で日本の国籍法を調べた。
「僕、本当は日本人になる資格ないんだって知りました。その時はショックでしたね」
日本の国籍法では生まれた時に日本国籍を取得することができるのは「出生の時に父又は母が日本国民であるとき」と定めている。アメリカのように両親の国籍にかかわらず、生まれた場所で国籍が与えられる出生地主義ではなく、父母の国籍を取得する血統主義を取っている。
両親がフィリピン国籍の田中さんは日本の国籍の要件に当てはまらず、本来なら日本国籍を得ることができなかった。
「もし大学に行かなければ特別変わりのない、普通の人生だったと思います」
今までも、他人の戸籍に入って生きていることに対して、違和感は持っていたが、それほど特別なこととも思っていなかった。
「大学で学んでいく中で、自分の違和感を説明できるようになった気がします」
大学の授業で、フィリピン女性や難民、LGBTQのことを学んでいく中で、今まで「普通」だと思っていた自分の人生を見つめ直すと、疑問に思うことが出てくる。
そして、「小さいころから嘘偽りの人生でした」と話し始めた。
本当のフィリピン人の父親の存在を隠し続けた
田中さんが、自分は周りとは違うと感じはじめたのは小学校に入学した頃だった。学校で家族のことを話すというときに母から「お父さんのこと言わないで。お父さんの名前は田中○○って言いなさい」と、本当のフィリピン人の父親のことは伏せろと言われ、母の偽装結婚相手の名前を言うように言われた。
学校に書類を出すときも、本当の父の名前でなく偽装結婚相手の名前を書いて出した。周りの友達みたいに家族の話ができなかった。自分が偽装結婚相手の戸籍に入っていることを隠さなければならないからだ。