誰にも相談できなかった
さばさばしているように見えた妻だが、「今だから言えるけど……」と前置きして、こう明かした。
「すごく重たい思いを抱えていたんだけど、周りの友だちには誰も相談できなかった。だって同年代で人知れず不妊治療をしている友だちは多いだろうし、そういう人はそろそろ不妊治療をあきらめる時期だろうし。なにもしてこなかった私が、『子宮を全摘することになったの』と同情を買うようなことはとても言えなかったのよ」
その「重たいもの」をいったん忘れるように、2019年末の年越しタイ旅行で、夫婦ともに弾けまくって遊んだ。その結果、奇跡的に赤ちゃんに恵まれたというわけだ。
タイ旅行から帰ってきて、妻は体の異変に気づいたという。
まず1月に生理が来なかった。このときは「子宮全摘だ、と言われてストレスで来ないのかな」と思ったという。
次に生理が来るべき周期の2月20日を過ぎても、来なかった。
「これはおかしい。今まで1カ月飛ばしで来たことはあっても、こんなことは初めて……」
妊娠判定を見て動揺
そして、なんだか胸が張ってきたような体調の変化も感じていた。
「あれ、ちょっと待てよ。もしかして⁉」
もしも妊娠だとしたら、かなり時間が経過していると、あわてて妊娠検査薬のキットを買いに隣町のドラッグストアまで行ったという。なんとなく、近所で見られたくない心理だったのだろうか。
「かなりドキドキして、念のため検査薬は2つ買ったの。1つ目は手がブルブルふるえて失敗。2つ目で妊娠判定が……『出たー!』」
ひどく動揺したらしい。
子どもができてから、妻はよく私に、「変化を楽しもう」と言っていたのだが、それは変化が好きじゃないことの裏返しだった。
「いまさら生活が変わるのかと、不安でいっぱいになった。嬉しくてたまらないのだけど、頭の整理がつかない。年齢も年齢だし、元気な子を産めるのだろうか、自分の子宮で大丈夫なのか……。摘出しなければいけないような状態だったわけだし、もうハラハラドキドキが止まらなくなって、口から心臓が出てくるってこういうことかと思ったわ」
それでも、妊娠検査薬の判定ミスなど万が一のことがあるかもと思い、夫の私にも親にも言えず、かかりつけの婦人科で診てもらったのだという。
医師は「妊娠検査薬で出たのならほぼ間違いないでしょう」と言ったあと、検査を始めた。
「エコーで、勾玉みたいな形をした2センチの赤ちゃんがくっきり映っていて、先生から『声も聴けますよ』と、エコーから聴かせてもらうと、『ドクドクドク』ってすごい速さの心臓の音が聴こえてきた。その瞬間、わーっと涙が……」