なぜ割引クーポン券なのか
昔から割引クーポン券は存在していた。お昼ご飯を食べにいくと、食堂やラーメン屋で50円引きや100円引きの券をもらう。あるいはスタンプをもらう。だいたいはそのうちなくしてしまうのだが、よく行く店であれば、お財布に入れてとっておくこともある。それでも、気がついた時には期限が切れていることも多い。
直接値引きしておいてくれたら便利なのにと思う。顧客の側からすれば、最初から50円安く価格設定しておいてくれればいいだけの話だ。しかしいうまでもなく、お店から見ると、直接値引きするよりも割引クーポン券を配ったほうがいくつかの利点がある。
第一に、直接値下げしてしまうと、そのうちありがたみがなくなってしまう。600円のラーメンが、特別に550円で食べられるというお得感が大事である。人は参照価格というものを心に持っていて、その価格と比較しながら商品のお得感を判断している。直接値下げをすると、だんだんと参照価格も下がることになる。
この辺りは、『消費者の価格判断のメカニズム』(白井美由里、千倉書房、2005)が勉強になる。例えば、結果として100円を値引きするとして、あるタイミングでまとめて100円値引きする場合と、2回に分けて50円ずつ値引きするという場合では、参照価格の下がり具合は異なるだろうか。どうやら、小出しになんども値引きしたほうが参照価格は下がってしまうらしい。
第二に、直接値下げしてしまうと、今度は元に戻すのが難しい。以前、小麦などの原材料の高騰により食品類が値上げに踏み切らなくてはならない時期があったが、リニューアルと称して味やパッケージを変えて値上げをしたり、見た目は同じだが少し分量を減らして実質値上げをしたりと、値上げにはいろいろと工夫が必要だった。けれども、クーポンならば、期間限定ということで止めてしまえば、実質値上げ(もとに戻るだけだが)できる。
第三に、直接値下げしてしまうと、取引がそこで終了し、継続購買につながらない可能性がある。逆に、割引クーポン券であれば、そのお店に行かないと使えないのだから、次回も来てくれる可能性が高まる。さらに、第四に、割引クーポン券の発行は、顧客の選別を可能にする。これらは大事な点であり、やがてロイヤルティ・プログラムやCRMとして発展していく考え方だ。すなわち、顧客との継続的な関係構築を目指すとともに、新規の顧客は定価で、馴染みの顧客は安くしてあげる。もちろん、新規の顧客も次回来れば値引きしてもらえるからそんなに不公平感はない。
最後に第五として、割引クーポン券は実際に使われるとは限らない。使われなければ、そのまま店の利益として残ることになる。ポイントプログラムでは、こうした歩留まりが意外に重要だと聞いたことがある。
ほかにも利点はあるだろう。そういったわけで割引クーポン券の発行は昔からの定番だったが、最近のマクドナルドの仕組みははるかに高度である。割引クーポン券の発行というよりは、いよいよロイヤルティ・プログラムやCRMと呼んだほうがよさそうだ。