「アホになるから勉強するな」で3人の子どもは一流大学へ
たとえば、わたしのクライアントに「心理的リアクタンス」をよく知り、子育てに生かした女性がいます。彼女の3人のお子さんは全員、一流大学に現役合格。
そう聞くと、お母さんも高学歴で、小さなころから子どもたちの勉強を見て、教えているような教育熱心な母親像をイメージするかもしれません。
しかし、クライアントの女性は高学歴ではありませんでしたし、口癖のように子どもたちに言っていた言葉が「勉強ばっかりしたら、アホになるから勉強するな」でした。
そもそも彼女は「勉強しなさい」と言ったことがないのです。しかし、お子さんたちは、学校から帰ってくると自主的に机に向かうことが多かったそうです。それは何かを学び、新しいことを知るのが楽しいからでした。
お母さんから「アホになるから勉強するな」と言われるたび、「心理的リアクタンス」が働き、ますます机に向かっていたのでしょう。じつはその気もち、わたしもよくわかります。
というのも、わたしも親から一度も「勉強をしなさい」と言われたことがなかったからです。わたしは親から、人に迷惑をかけること以外は好きなことを制限なくさせてもらえる環境で過ごしました。
砂山をつくって遊んだり、鬼ごっこをしたり、山や川に大好きな生きものをとりにいったり、マンガのストーリーを勝手に自分で想像して描いたり、星を見たり、とにかく、ずっと好きなことで遊んでいる子でした(でも人に迷惑をかけたときは、怖いほど怒られました)。
宿題くらいはやりますが、家で勉強することはほとんどなく、遊んでばかりでした。みんなと一緒でも、1人でもずっと遊ぶことができました。
「勉強が嫌い」な人たちの育ち方
いま思うと興味をもったことを通して、いろいろなものごとのしくみを学んでいたのかもしれません。学校の勉強も、遊びの延長線のような感じでした。
理科の時間は自然と触れ合えますし、算数はパズルのようでしたし、国語は物語を読めてうれしかったです。社会もテレビの教育番組を見ているような感覚でした。
ですから、子どものころから「勉強が嫌い」という人がいると、素直に「不思議だな」と思っていました。
そこで、「子どものころ勉強が嫌いだった」という人に話を聞くと、だいたいが両親から「勉強しなさい」「宿題したの?」と言われ続けて育ったというケースがほとんどだったのです。
強制されるとやりたくなくなる……。まさに「心理的リアクタンス」の働きでした。
音楽家の家庭で、厳しいピアノ教育を受けた長女は音楽が嫌いになってしまった一方、何も教育を受けなかった次女のほうが、天才的に音楽を演奏するようになったという話も聞いたことがあります。