老人性うつ病をめぐる「痛恨事」と戒め

私自身、かつて辛い経験をしました。

20代の終わり、浴風会病院に勤めはじめて、まもなくの頃のことです。入院していた「心気症」症状の高齢女性の患者さんが、一度具合がよくなって退院し、その後、再度入院してきたことがありました。

私は主治医をまかされ、前回入院時と同様の治療方針でいくことにしたところ、まもなく病棟で首吊り自殺されたのです。すぐに、呼び出しがかかり、私が遺体を下ろすことになりました。

これは、私にとって、きわめてショックな体験でした。「もう医者を辞めよう」と思うほどに、落ち込みました。その後、反省会のような場が持たれ、先輩からいろいろ教わるなか、「うつ」の怖さを骨身にしみて学びました。「高齢者の場合、『うつ』を見逃さないことが何よりも大事」ということを肝に銘じた経験でした。

それから、約35年間、臨床の現場に立ってきましたが、私はその後、一人の患者さんにも死なれていません。

これは、精神科医として、誇りに思っていることです。35年間、患者さんに「自殺だけはさせまい」と、真剣に取り組んできた結果として、ひそかに自負しています。

なお、医者にかかっている人の自殺者数と精神科医の人数から計算すると、おおむね、精神科医は2年に1人くらいは、患者に自殺されているという計算になります。

病院、待合室でフェイスマスクを着用した日本人先輩女性
写真=iStock.com/SetsukoN
※写真はイメージです

医師でさえ見間違える「老人性うつ」と「認知症」

「老人性うつ」と「認知症」は、まったく違う病気ですが、症状には似通った点があります。そのため、家族が「認知症だ」と思って、高齢者を病院に連れてきたところ、うつ病だったということがよくあります。

両者は、初期症状がよく似ています。「なんとなく元気がない」「一日中ボーッとしている」といった症状が似ていることから、医師でさえ、見間違えることがあります。残念ながら、うつ病が原因で記憶力が低下しているのに、アルツハイマー病の進行をおさえる薬を処方されている高齢者がいるのが現状です。

むろん、十分な臨床経験を積んだ医師なら、両者を見分けることができます。たとえば、私は次のような点に注意しながら問診します。